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神風になりそこなった男達 ロケットファイター秋水隊 [書籍]

神風になりそこなった男達―ロケットファイター秋水隊史

神風になりそこなった男達―ロケットファイター秋水隊史

  • 作者: 高田 幸雄
  • 出版社/メーカー: 国書刊行会
  • 発売日: 1992/05
  • メディア: 単行本
 
【写真】
  • プレーンズ・オブ・フェイムの展示機(カラー)
  • チノ・エア・ミュジアムの特ロ2号エンジン(カラー)
  • 戦後、木曽川の河原から掘り出された秋水の残骸(自衛隊岐阜基地、モノクロ)
  • 秋水隊員の集合写真(昭和19年9月13日撮影、空技廠屋上、モノクロ)
 
【第一章 希望に燃えて】
隊員に選ばれたのは第13期飛行科予備学生。昭和19年8月10日、大村海軍航空隊元山分遣隊の少尉16名に対して連絡があった。航空本部から送られてきた電文には「Me-163に充つ」とあるだけ。8月20日横須賀海軍航空隊に着任。先任の小野二郎大尉は元々二座水偵のパイロットで、その後二式水戦に転向、ガダルカナル方面でF4FとB17Eを1機ずつ撃墜したとある。
訓練は各種低圧タンクに入っての減圧の訓練が主だったようだ。緊急脱出の方法は、酸素マスクをはずしてから携帯ボンベを口にくわえ、パラシュートは開かずに6000mまで落下、その後手動で開くという指導。食事は豪華な「秋水食」だったらしいが、与えられた食物以外の摂取は禁止。使用する酸素マスクは大島少佐考案の腹帯式で、ボンベから一旦腹巻状の気嚢に入れられ、そこで体温で暖められてから吸入する。与圧面も試されたそうだが、視界も悪いのですぐに使用を止めた。
 
【第二章 エライモノとの付き合い】
昭和19年8月7日に横空・空技廠の合同研究会が開催され、横空の小暮寛中佐、小野大尉、整備担当の隈元機関大尉が出席。三菱からは服部譲次、河野文彦、高橋己治郎の各技師。翼型設計は空技廠科学部の越野長次郎技術中佐以下によって基礎データが作成され、これを元に三菱が機体設計を始めた。
特ロ二号の原型はワルターHWK-109-509A、燃料の甲液は過酸化水素90%水溶液、乙液は水化ヒドラジンと無水メタノール混合液に反応促進剤を加えたもの。 燃料系統図あり。スターターを始動すると、甲液が蒸気発生器に送られ触媒と反応して水蒸気と酸素を発生、これでタービンを回す。タービンは甲・乙液のポンプを回してこれらの圧送が開始される。スロットルを開くと甲・乙液は最終的には12本に分岐して各噴射弁から燃焼室に噴射、反応して推進力を発生する。各噴射弁の構造図もあり、甲液はスパイラル通路を通って約1mm圧の円錐状の幕として噴射、乙液はそれを取り囲むように0.3mmのスリットから円筒状に噴射される。筆者によるとこの円筒と円錐が適当な距離で真円を描くように交わらないと規定の推力が出ないそうだ。スロットルによる推力調整は各噴射弁から出る液量を調整するのではなく、使用する噴射弁の数を制御する。
主翼は木製単桁式、外板は合板の上に羽布張りでねじり下げは6度。エレボンは外翼、内側に修正舵、フラップはスプリット式だが翼後縁ではなく、中央付近にある。内蔵されているのは乙液のタンクで536ℓ。胴体はアルミ合金製モノコック構造で操縦席の後に1159ℓの甲液タンク、垂直尾翼の方向安定版は木製だが方向舵は薄鋼板張。主翼付け根部に17試30mm機銃(装弾数50発)、無線機は三式空二号。甲液は有機物と激しく反応することから飛行服も特別なもので、絹に特殊加工した銀色のものだった。(植物性より動物性の方がよい、色にも意味があるが著者は失念)
 
【第三章 幻を追い求めて】
10月初旬、部隊は「横須賀海軍航空隊百里原派遣隊」となり、百里原へ移動。使用した九三中練に書く識別記号は横空と同じヨを用いたが、本体と区別するため文字の上部にオレンジイエローの横線が入っている。この頃、部隊名として「秋水一閃、驕敵を切る」という言葉から秋水隊と名乗るようになった。
訓練では無線機の使用され、そこそこ使えたようだ。三式空一号のスペックは出力15W、到達距離50浬となっている。
エピソードとして高高度飛行(6000m以上を20分以上)を行うと特別手当があったとある。カタパルト射出も同様でこちらは6円だったことから、ポン六と呼ばれていた。
 
【第四章 余計な話】
 
【第五章 光明】
12月25日、空技廠で設計していた全木製の軽滑空機が百里原に到着、26日に試験飛行が行われた。曳航機は天山11型。パイロットは犬塚大尉。この軽滑空機が秋草だが、隊内ではほとんど使うことはなかったらしい。
重滑空機が到着したのは翌20年の1月6日。こちらは三菱が製作し、実機から動力や兵装を取り除いたもので重量も1トン以上。初飛行は1月8日で今度は天山12型が曳航。犬塚大尉は垂直旋回、上昇反転、宙返りも行い10分ほど飛行した。ただし、訓練用としては軽滑空機で十分との判断で2機しか製作されなかった。
 
【第六章 焦燥】
部隊は昭和20年2月5日付けで第312海軍航空隊として独立。 312空の司令は柴田武雄大佐、副長兼飛行長は山下政雄少佐、飛行隊長は山県頼雄少佐。
軽滑空機は20年初頭から量産される予定だったが、6月になっても2機のまま。著者の感想では非常に操縦性はよかったとのこと。
 
【第七章 落日】
7月5日、17試30mmの試射が行われた。初速770m/s、発射速度530発/分。6日には特ロ二号の地上試験が実施された。更に翌7日の16時55分が秋水の初飛行であり、その瞬間の写真もあり。その後のエンジン停止と着陸事故は知られているとおり。残骸になった写真も掲載されている。犬塚大尉が最短の安全な着陸経路を取らなかった理由は不明。
 
【第八章 踏んだり蹴ったり】
秋水の攻撃方法として、30mm機銃以外に3号爆弾2発を搭載することも検討されていた。また機種に600kgの爆薬を搭載して敵編隊の真ん中でボタンにより自爆するという作戦もあった。
 
【第九章 何故】
 
【想い出集】
伊藤弘一、岡野勝敏、菅原禮、堀谷清衛、松本俊三郎、松本豊次、三屋嘉夫、三角秀敏の各氏。
 
【参考文献】
ロケット・ファイター (文庫版航空戦史シリーズ (50))

ロケット・ファイター (文庫版航空戦史シリーズ (50))

  • 作者: M・ツィーグラー
  • 出版社/メーカー: 朝日ソノラマ
  • 発売日: 1984/12
  • メディア: 文庫
海軍戦闘機隊史

海軍戦闘機隊史

  • 作者: 零戦搭乗員会
  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 1987/01
  • メディア: ハードカバー
 

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