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航空ファン No.717 2012/9 [雑誌]

【TIGER MEET 2012】(徳永克彦)
表紙にもなっているECE5/330のラファールCはホワイトタイガーをイメージ。胴体上面から主翼にかけては白と黒の幅広のストライプ、垂直尾翼には隙間から虎がのぞく。ドイツ空軍JBS321のトーネードECRとAG51のトーネードIDSは胴体までスペシャルのマーキングで気合が入っている感じ。後者は最優秀スペシャルマーキング機に選出。たっぷり11ページ。
 
【RED FLAG ALASKA 12-2】(神野幸久)
航空自衛隊からはF-15、E-767、C-130H、KC-767が参加。ほかにはオーストラリア、ドイツ、ポーランドの空軍とNATOが参加した。 写真はC-130系が多いような。
 
【"SHOWTIME" in the USA 北米エアショーの主役-F-22ラプターとブルーエンジェルス】(洲崎秀憲)
タイトル通りラプターとブルーエンジェルスが中心だが、P-51D、F4U、AV-8B、B-2も少しだけ。
 
【イスラエル空軍のエアパワー】
 イスラエル空軍の所有機は500機以上もあるそうな。F-15I、F-16I、A-4の迷彩は独特。
各モデルの愛称とその意味の解説あり。F-15A/B/C/DはBazで隼の意。F-15IはRa'amで稲妻、F-16C/DはBarakで雷鳴、F-16IはSoufaで嵐、A-4 Ayitが鷲、G550 Aitamはミサゴ、KC-707 Re'em オリックス、B200 Zufit ツグミ、AH-1F Tzefa 毒蛇、AH-64A Peten コブラ、AH-64D saraf 大蛇、CH-53 Yas'ur ウミツバメ、S-70A Yanshuf フクロウ、OH-58B Saifan シギで、いずれもどこかで聞いたような名前ばかり。
写真もいろいろな機種が載せられていてGood。G550はガルフストリームVにIAIが開発したコンフォーマルタイプのフェイズドアレイレーダーを装備したもの。
 
【ROYAL BAHRAINI AIR FORCE バーレーン王国の空軍戦力】
バーレーンの空軍の最初の装備はMBB Bo105C、続いてアグスタ・ベルAB212が導入された。1985年にF-5Eを8機とF-5F4機、1990年にF-16も配備された。3ページだけだけど、写真はF-5E、F-16C、ホークMk.129、スリングスビーT.67Mファイアフライ、Bo105C、AH-1F、S-70Mなど多彩。
 
【RAF No.3(F) Sqn 創設100周年を祝う】
 タイフーンFGR.4(ZJ936)のスペシャルマーキングは色使いがイマイチな感じ。
 
【Frisian Flag 2012】
 NATOの統合航空戦闘演習のことらしい。独空軍ユーロファイター、スウェーデン空軍のJAS39Cはかっちょええ。
 
【欧州見聞録】(洲崎秀憲)
 ピクセル迷彩のスロバキア空軍MiG-29ASが大迫力。
 
【MV-22オスプレイ日本配備直前の緊急特集 日本配備までの経緯と「危険性」という問題について】(岡部いさく)
MV-22オスプレイはCH-46の後継。両者の行動半径の差を360kmとして、揚陸艦が速力17ktで進むとすると約12時間早く揚陸部隊を発進させることができることになるそうだ。普天間への配備計画が正式に発表されたのは2011年の6月。同年の12月にハワイのカネオヘ基地に配備に関する環境アセスメメントでは騒音や環境への影響は少ないとされた。1月にはミラマー基地にて国民新党の下地議員がMV-22を視察、朝日新聞社の報道では「騒音も安全性もイメージと違い、十二分に行けると思った。古いCH-46ヘリの使用を容認する方が問題ある」、「騒音は間違いなく少なくなり、非常に危険でどうしようもないというものではない」と語ったとある。
その後4月にMV-22がモロッコで 、6月にはフロリダで訓練中のCV-22が墜落事故を起こし危険性についての議論が高まる。しかし日本のメディアが指摘する危険性は開発段階での事故も含めての単なる数を羅列する程度で、その原因や事故率、他の機種との比較、検証は行われていない。また事故を伝える映像も1991年の試作機のロールレイト・ジャイロの配線ミスが原因の事故の時のものが使われており、さらに「ウィドウメーカー」と呼ばれたというエピソードについてもその社会的背景などを勘案せずに安易に引用している。
問題の本質はオスプレイの機体としての危険性ではなく、住宅地に囲まれた普天間基地の危険性。よって、鳩山政権で辺野古への移設が前進していればここまでオスプレイ配備が問題になることはなかったはず。
 
アジアの安定と日本の安全保障のためには妥当と受け止めるべき】(佐藤守)
オスプレイの配備は在日米軍の能力向上を考えれば妥当。配備に関してもいったん岩国を経由して事前の試験飛行を行ったのは地元感情を優先しており紳士的。1991年以降の事故については機体の複雑さに由来する操縦方法に操縦者の技量が追い付いていないように感じられるので技量向上が望まれる。
 
【お互い、より高い妥協点を見つけることが大事】(長谷部憲司)
オスプレイの事故率は1.93で海兵隊所属のヘリを含む航空機の平均事故率は2.45。純粋に技術的な安全性の議論ではなく、軍事的な思惑と感情的なしこりを含むこの問題はどこかで妥協するしかない。
 
【今の段階で強襲輸送機として使うこと自体が問題だろう】(宇垣大成)
着陸時に自らが引き起こすボーテックス・リングと呼ばれる下降気流よりも下降速度が速くなると失速状態に陥りやすいのが機体の問題。またエンジンナセルを水平から垂直位置に変更するには10秒余りかかり、垂直離陸時に水平飛行に移るときに飛行高度が数百メートル落ちることがある、らしい。
また強襲輸送機として運用にするしても、MV-22に随伴して支援を提供できる護衛用の機体がないのが問題。ちなみにCH-47の時にはAH-1Zが担当している。
 
【防衛省、ついにF-35調達の正式契約を締結】(小野正春)
防衛相は2012年予算案にF-35 4機分の取得経費として395億円を計上。1機あたりの価格は初年度部品を含めて約99億円、およびシミュレータ等が 205億円也。
 
【米空軍F-22ラプターの現状】(石川潤一)
 F-22Aの最終号機は5月2日に納入された。YF-22を含めた全機数は197機。ブロック1,2は試験機、ブロック10は試験及び訓練用。ブロック20は初の実戦型でGBU-32/B JDAMはGBU-39・B SDBの運用能力が付与された。APG-77も改良、リンク16MIDS等も強化された。ブロック30はレーダーがAPG-77(V)となり、SAR(合成開口レーダー)モードを強化、EP(電子防護)能力も持つ。インクリメント3.1 OFP改修が可能。ブロック35はインクリメント改修3.2でAIM-9XやAIM-120が運用可能になる。ブロック40はF-35Aに準じたISR(情報収集監視偵察)能力の付与やヘルメット搭載ディスプレイの対応追加。ただし、これは製造されていない。
F-22Aは2002円9月から2005年12月までの間空軍参謀総長だったジョン・ジャンパー大将の発案でF/A-22Aと呼ばれていたが、離任に伴いF-22Aに戻された。
 
YF-22とF-22Aの外見上の主な差はレドーム形状の変更、コクピットをやや前方に移動、インテイクを少し後ろに移動、主翼の前縁後退角が浅くなり、全幅は増加。翼厚も薄くなった。主脚は後方引き込みから前方引き込みになり、背中ののスピードブレーキは廃止。エルロンの形状も変更。垂直尾翼は小型化されたが、水平尾翼は逆に大型化され形状も変わった。
 
Raptor coughは飛行中にパイロットの肺に空気が入らなくなり、激しく咳き込んだり意識が遠のいたりする症状のこと。当初はOBOGS(機上酸素発生装置)のトラブルと思われていたが、その後コンバットエッジ原因説も出ているらしい。コンバットエッジは下半身を締め付ける従来の耐Gスーツとは異なり、頭や上半身にも圧搾空気を送って締め付ける。
 
【ヒコーキマニア的人間航空史・第2回 大野芳希さん】(松崎豊一)
今回の大野さんは1953年の中学1年生当時、保安隊総監部を直接訪問して浜松基地の見学を申し込んだツワモノ。隊側からは大歓迎されて数度にわたって基地見学を行ったそうだ。
写真は保安隊のL-21B、ドーサルフィレットが装備された新立川飛行機のR-53、保安隊の文字が入った シコルスキーH-19C、2機並んだベルH-13E、米軍から供与されたばかりのC-46D、F-86F、F-80Cはまとめて一枚に。F-80Cはほかにも2枚。T-6、C-46D、海自のKAL-2のベル47D-1、陸自のH-19C。富士重工の見学ではT1F2、フィリピン空軍むけT-34Aを撮影できた。
 
【空夢 第45回テストパイロット(後編)】(清水郁郎)
地上での100回以上の脚の収納テストは問題なかったが、アクチュエータを分解したところ不良品であることが判明。ブレーキもマスターシリンダーが流用したS-2のものに対して容量が足りず、副マスターシリンダーを追加。さらにエルロンはヒンジの位置が許容誤差1.5mmに対して10mmもずれていたことが判明。さらにさらに右側主翼の外側1/3の翼断面が下が膨らんだような翼断面になっていた。Tango Tangoをドイツに輸送するときは武器輸出許可を取得すること求められたらしい。
 
【一式陸攻戦記 第9話・光芒一閃 レンネル島沖の戦い】(佐藤暢彦)
航空隊令改正で、地名を冠した部隊名は3桁または4桁の数字表記となった。数字の1桁目が機種、2桁目は所属鎮守府、3桁目が常設か特設かを表す。陸攻は7で、木更津空は707、鹿屋空は751、高雄空は753、美幌空は701、元山空が755、千歳空が703、三沢空は705、1空は752、4空は702となった。
 
ラバウルで「一式陸攻はインテグラルタンクのため、被弾時にすぐ発火する。九六陸攻は一式陸攻より発火しにくいはずだ」と九六陸攻の701空の昼間爆撃を命令した参謀がいたそうだ。
 
【アラドAr196の検証5】(国江隆夫)
 フロートまわり。
 
【河口湖飛行舘 8月の公開情報 一式陸攻の胴体が結合!!】
8月限定の公開は今年で12回目。今回の目玉は前後の胴体が結合された一式陸攻22型。塗装がキレイすぎるぐらい。零戦は21型、スケルトンの21型、52型。アツタ21は分解された形で展示。
 
【第二次大戦ミニ航空史話 第105回 1時間に1機、四発重爆を生産せよ】(田村俊夫)
1941年フォード社のソレンセンは自社での生産のためにコンソリデーテッド社を視察。コ社が1日1機のB-24生産が目標だったのに対し、フォードでは1時間に1機を生産できるとした。実際3年後にはその目標を達成し、コ社本社で生産された7626機を上回る6792機を新設したウイローラン工場で作り上げた。さらに1893機がノックダウン組み立て用としてダグラスのタルサ工場とコ社のフォトワース工場に出荷している。
航空機の大量生産にあたって、次の3点が自動車と異なっている。A.製図法の違い。自動車は小数点以下は少数だが、コ社の図面は分数が使われていたため3万枚の図面の書き直しが必要だった。B.自動車の材料は鉄だったが、航空機の主要材料はアルミなのでそれに合う金型を作るのに苦労した。C.軍用機では自動車に比べて頻繁に設計変更が行われるので戸惑った。
またウイローラン工場では平均3万人、最大で4万2千人の従業員が勤めたが、用意された住居は5000人分に過ぎず、遠くから自動車通勤をしたり、掘立小屋のようなところ生活せざるを得ず、工場自体だけでなくそのような周辺環境で目標を達成したのは驚異的。
 
BOOK REVIEW】
レーダーの起源から第二次大戦中の英、独の開発、実用化への過程、実戦での様相など。
 
レーダーの歴史 ―英独暗夜の死闘

レーダーの歴史 ―英独暗夜の死闘

  • 作者: 辻 俊彦
  • 出版社/メーカー: 芸立出版
  • 発売日: 2012/03/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

 

 

1944年11月23歳で戦死するまでの4年間に258機のスコアを上げたノボトニーの生涯。著者も元戦闘機パイロットとのこと。

撃墜王ヴァルテル・ノヴォトニー

撃墜王ヴァルテル・ノヴォトニー

  • 作者: 服部 省吾
  • 出版社/メーカー: 潮書房光人社
  • 発売日: 2012/05
  • メディア: 単行本

 


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