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航空ファン No.722 2013/2 [雑誌]

航空ファン 2013年 02月号 [雑誌]

航空ファン 2013年 02月号 [雑誌]

【零戦52型「61-120」、三度目の里帰りが実現 所沢の空に栄えエンジンの軽快音が響き渡った!】
「日本の航空技術100年展」のために日本側が招致したもの。当初は米国務省の持ち出し許可がなかなか下りなかったらしい。日本に到着したのは11月19日、所沢航空発祥記念館に持ち込まれたのは11月26日。11月27日に公開組立作業が行われ、作業が順調だったことからエンジンの始動も行われた。機体に触っていいのはPOFから来た3人とコーディネーターと日本側の一人だけ。操縦できるのもPOFで4人しかいない。
写真は小さなサイズのものが多いが、コンテナ内に収容された状態から組み立て中まであるのでなかなか見られない部分が写っていて興味深い。工具類はもちろん、機体表面を拭くため溶剤などもPOFから持ち込んだらしい。ガソリンは日本側が用意したもので「AVGAS 100 ISHINO-OIL」とドラム缶の上面に記載がある。
 
61-120の来歴もあり。1943年5月に中島飛行機小泉製作所で作られた52型5357号機。6月に第261海軍航空隊に配備され硫黄島に進出。44年3月にサイパンに移ったが6月に米側に捕獲され米本土に送られた。テストされた後、1957年にエド・マロニー氏に払い下げられ、しばらくは展示のみだったが1973年頃から修復作業が行われ1978年6月28日に初飛行を行う。その年の7月には日本で里帰り飛行を行い、さらに1995年にもう一度来日している。
 
今回の特別展示は3月31日まで。
 
【The COMET comes to life-蘇った彗星】
POFで残骸状態で保存されていた彗星11型(Y4D-1/7483)がレストアされた。アツタは当然手に入らないのでP&WのR-1830ツインワスプが装着された。よって、見かけは33型もしくは43型となってしまった。1ページのみ。
 
【U.S.NAVY WWII DIVE BOMBERS SDB Dauntless SB2C Helldiver】
 飛行中のSBDとSB2Cで6ページ。SBDは元々1942年にA-24Bバンシーとして陸軍に納入された機体。その後メキシコ空軍で63年まで使われた後、94年にローンスター・フライトミュージアム所属になった。フライアブルな状態にレストアされたのは1997年。アレスティングフックも追加されてSBD-3相当になっている。
SB2Cは45年に海軍に納入された機体。48年に民間に払い下げられ、現在はCAFに所属。現在フライアブルな状態で保存されている唯一の存在。
 
【CHARLIE's AVENGER】
 1945年にジェネラルモータース社の西部航空機部門で製造されたTBM-3Eアベンジャー。1953年にCOD(艦上輸送機)である-3Rに改造された後、今度は消防機に改造されて民間で使用される。その後2006年に再度-3Eに再改造された。現在はフランス海軍塗装。2ページだけだけど、ペラを回しながら主翼を展開中(折りたたみ中?)のカットもあり。COD仕様の時にはパイロットを含めて7人が乗り込めたそうだ。
 
【Airshow China 2012】(徳永克彦)
 9回目の開催。最初はJ-10を使ったバーイー(第81飛行表演隊)の様子。その他JH-7A、JH-8が1カットずつ。チェンドゥZ-10の起動の様子が数カット。結構カッコいいかも。海外からの技術援助を受けるため当初は民間のヘリと装っていた。だまされたのはP&Wカナダとハミルトン・サンドストランドで、エンジンと制御ソフトを提供したためにアメリカ司法省から7500万円の罰金が科された。
その他シャンシーKJ-200、シーアンH-6H、MiG-15bisなど。
 
中国初の空母「遼寧」で殲15の離着艦テスト始まる】
 Su-33に酷似したJ-15の離発着の様子。2カット1ページ。
 
【空母エンタープライズに替わりアラビア海で作戦中の空母アイゼンハワー】
ライノ中心の4ページ。
 
【NAS Pensacola Blue Angels Homecoming Air show】(関野義和)
 CONA塗装のT-6Aがカッコいい。2ページ。
 
【F-35 LIGHTNING II NEWS
 オランダ空軍向けF-35A1号機。
 
【Major Events at RAF Leuchars】
イギリス空軍4番目のタイフーン飛行隊としてNo.1(F)Sqnが再編された。タイフーン以外はフランスからのラファールB、ノルウェーからのCT-133バンパイアとF-16AM、世界で唯一フライアブルなミーティアT.7など。
 
【欧州見聞録】(洲崎秀憲)
 トップの夕日に向かって飛行中のAn-2TDはポーランド空軍の機体。後はブルガリア空軍Su-25UBK、ポーランド空軍のSu-22UM-3K、ブルガリア空軍のMiG-21bis。ちょっとくたびれた塗装がいい味を出している。
 
【Farewell, Big E 世界初の原子力空母エンタープライズ、退役】
 
【原子力空母エンタープライズの退役―BIG Eの51年】(松崎豊一)
艦船用の原子炉は1948年に潜水艦用として開発がはじまり、1953年5月1日に試運転に成功している。ノーチラスの建造開始はそれより前の1952年6月14日。水上艦用は1954年から始まり1956年に陸上実験炉A1Wが試運転に成功。最初の原子力空母CVAN-65が61年11月25日に就役。搭載しているのはA1Wの実用型A2Wを8基で、これで4基の蒸気タービンを駆動する。タービンの出力は1基あたり7万馬力で合計28万馬力となる。エンタープライズの1回目の燃料交換までの航行距離は20.7万nmで、20kt定速なら40万nmまで延ばせるらしい。
原子力空母の利点として自己用の燃料を搭載するスペースが不要になるので、その分航空燃料、弾薬、随伴艦用の燃料を搭載できることがある。キティホーク級と比較すると航空燃料は190万galから275万galに、弾薬は1800tから2500tへ増加している。 また動力機関用の吸排気が要らなくなるので巨大な煙突が廃止できる。逆に欠点は建造費・維持費が高くつくこと。建造費はキティホーク級の2.65億ドルに対し4.5億ドルだった。
 
【"エンタープライズ"という艦名】(石川潤一)
 Enterpriseという名前が意味するのは「冒険心」、「進取の精神」といったものらしい。この名前を初めて採用したのは独立戦争でイギリスから捕獲したスループ艦で、翌年には別の25t級のスクーナーのものになる。次は1799年に建造された新造艦135t級のスクーナー。4代目もスクーナーで1831年に就役した194t級。5代目は1877年就役の1375t級木製コルベット。6代目は1916年に米海軍が購入した16t級のヨット。
7代目がとうとう空母になり、1934年竣工のCV-6。同時期に英海軍にも同名の軽巡洋艦が存在した。8代目がCVN-65で、2025年就役予定のCVN-80が次の9代目の予定。
 
【エンタープライズ・ビヨンド "CVN-65以降"の米海軍空母と航空団】(石川潤一)
CVN-80では蒸気カタパルトに替わりEMALS(Electromagnetic Aircraft Launchint System:電磁式航空機射出システム)が採用される。
燃料の交換は50年不要らしいが、交換するときには艦体の一部を切り取って炉心を取り出す穴を開ける必要があるらしい。
 
【2011年リノ・エアレース事故最終報告】(神谷直彦)
ギャロッピングゴーストの水平尾翼のトリムタブは右側が固定されていて、左側のみトリム調整に使われていた。このタブの取り付けネジが老朽化により脱落し、フラッターが発生。事故発生時にはトリムが21°アップの状態になって機体は急上昇。この瞬間にかかった最大荷重は17.3Gにもなり、パイロットは1秒以内に能力を奪われた、とのこと。
直接的な原因はフラッターだが、キャノピーの小型化や胴体下エアスクープの撤去が招いた機体強度の低下もひとつの原因。その程度はパイロットが飛行中にたわみに気づくほどで400ktを超える速度でピッチ方向の安定性に問題が出ていた。
 
【「キ-54を引き揚げよう!」十和田湖に沈んだ一式双発高等練習機の引き揚げ作業とそれに関わった人びと(後編)】
 再び引き揚げが再開されたのは2012年8月下旬。なかなか湖底から離れなかったのはエンジンカウルの下面部分だったようだ。タイヤも泥に埋没してしていて引き揚げの抵抗になっていた。タイヤは300×900の低圧タイヤで昭和16年10月製造のブリジストン製。胴体は前部、中央、尾部の大きく3つに千切れた状態。主翼はほぼ原型を留めていて日の丸も確認できる。陸揚げ作業は9月5日に行われ、9月29日にキ-54の払い下げ契約書が取り交わされた。払い下げ価格は52,500円とのこと。
 
【空夢 第50回プレシャスメタル(後編)】(清水郁郎)
 プレシャスメタルのグリフォンは元々ハイドロプレーンボートの「Miss Budweiser」に使われていたもの。これにR-4360用のBendix-Stromberg PR-100キャブを接続。加給機はフェアリ・ファイアフライ Mk.IVのグリフォン74型用のもの。これで140inHgまで加給されるので燃料も145~160オクタンのものが必要。主翼は両端を切り取り、操縦席も18in後方に移動。
滑走中の方向安定は悪く100mphまで方向舵は効かないらしい。飛行中もピッチ方向は不安定で、エルロンは非常に重くロール率はステアマン程度と書かれている。ただし、二重反転プロペラのおかげで直進性は高いとのこと。
 
【軍用機のRDT&Eと戦力化 第2回:要素技術や生産技術の研究開発】(井上孝二)
 
【一式陸攻戦記 第14話 人間爆弾、夜偵、錬空特攻、そして沖縄への道程】(佐藤暢彦)
桜花を発案したのは太田正一飛行特務少尉。昭和3年志願の偵錬20期出身の偵察員。桜花を運ぶ一式陸攻は24丙型がベースにした丁型。爆弾扉を撤去し、桜花の懸吊装置を追加。胴体タンクと燃料コックに防弾を施し、操縦員の後ろに防弾鋼板を設置。2番タンクには四塩化炭素の液層を設けた。これにより重量増加、重心の変化、脚の強度などのチェックが行われた。
通常過荷重重量が15.5tのところ、桜花を搭載すると全備重量が16.5tを上回る。空技廠のテストでは巡航速度は170ktから129.5ktへ、実用上昇限度も8950mから7250mへ大幅に悪化した。
桜花は当初呂号薬ロケットを装備して自立推進を可能にすることを想定していたが、ロケットの実用性が無いので替わりに推力800kgの四式1号噴進器20型3本を取り付けることになった。この噴進器では若干の加速と航続距離の延伸ができるだけで、基本的にはグライダーと変わりなかった。
投下訓練用の練習機はK-1と呼ばれ、フラップと着陸用の橇がついていた。また実機と同じ重量では着陸が困難になるので、爆弾と噴進器の代わりにバラスト用の水タンクを搭載し、着陸前に放出することになっていた。しかし、最初の訓練でこのバラスト用の水を排出する手順を誤り、事故が発生。その結果それ以後は水を積まないまま訓練が行われた。よって一式陸攻側も実機と同じ重量での操縦訓練ができなくなった。
 
【メッサーシュミットBf110C~F型の検証4】(国江隆夫)
 
【エアフェスタ浜松2012】(赤塚聡)
 8機のT-4の編隊が美しい。その他F-15、F-2A、E-767Aとか。
 
芦屋基地航空際】
 11月24日開催。地元の赤白のT-4が中心で、第301飛行隊のF-4EJ改、第304飛行隊のF-15J、第6飛行隊のF-2Aなど。
 
【新田原エアフェスタ2012】(佐藤正孝)
 12月2日小雨の中開催。曇り空で写真も全体にグレーっぽい。アフターバーナーを引いて離陸する飛行教導隊のF-15DJ、第301飛行隊のF-4EJ改、救難対UH-60J。
 
【第2回航空フェア2012 in 岡南飛行場】
 11月11日開催。
 
【D-NET 災害救援航空機情報共有ネットワーク評価実験と緊急消防援助隊近畿ブロック合同訓練】
 
【BOOK REVIEW】
飛行機の誕生と空気力学の形成: 国家的研究開発の起源をもとめて

飛行機の誕生と空気力学の形成: 国家的研究開発の起源をもとめて

  • 作者: 橋本 毅彦
  • 出版社/メーカー: 東京大学出版会
  • 発売日: 2012/09/25
  • メディア: 単行本
英国の空気力学研究の流れを解説したもの、らしい。学術書なので一般向けではない。が、具体的な航空機についての評論も含まれているらしい。

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