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航空ファン No.719 2012/11 [雑誌]

【VVS 100th】(徳永克彦)
記念の100周年フォーメーションは1が5機のSu-27SM3、次の0はSu-25SM/UBの8機、最後はMiG-29SMTの8機。見事。オープニングはSu-25UBとSu-25SMがカラーのスモークを曳いたらしい。1カットずつ6枚が並んだページはSu-34、Il-80、ルスキーイェ・ビチャジとストリジー、Mi-28N、ステルスカラーのSU-34、Tu-160の3機編隊。
スホーイT-50は2ページにわたって掲載、実機にはまだ半径200m以内には近づけないらしい。 そのほかはSu-35、MiG-29M2、Yak-130、ラファールC、ポリカルポフI-15bisはレプリカ、MiG-3はお腹から1カット。
 
【ロシア空軍長距離航空軍団】
 地上のTu-160、Tu-22M3がわりとクローズアップで。ベアHことTu-95MSは脚が妙にでかく見える。梯子が前脚収納部の中に架けられているが、ここから操縦席に入るのか。そのほかIl-78MA、An-2とか。
 
【ウクライナ海軍の航空戦力】
 べりエフBe-12がなかなか重厚な感じでかっこよい。垂直尾翼の下半分が黒く塗装されていると思ったら、エンジン排気による汚れのようだ。An-26は青色2色の塗装。An-2って複葉でレシプロ?そのほかK-27、Ka-29、Mi-14のカットなど。
 
【ブルーが飛んだ東松島夏まつりと第11飛行隊長交替】
機体の写真はほとんどなし。ところで、タイトルは「交代」じゃないだろうか。
 
【オスプレイはいま 日本到着から1ヶ月、MV-22Bをめぐる動き】(岡部いさく)
2012年4月のモロッコでのMV-22Bの墜落事故は操縦ミスであることが明確になった。フロリダでのCV-22Bも人的要因が大きいとされたそうだ。よって、今のところ論理的にオスプレイが構造的な欠陥機であるということを示すものはない。
 
【CVW-2 Fighters' Fly-in】(Yas TSUCHIYA)
VFA-137のF/A-18E、VFA-2のF/A-18F、VFA-151のF/A-18C。
 
【Colombian Kfirs in RED FLAG 12-4】(中野耕志)
 ネリスAFBで7/16から開催。ブルーフォースは戦闘機として493FSのF-15C/D、爆撃機の34BSのB-1Bと23BSのB-52H、攻撃機として422TESと85TES,421FSのF-16C/D、74FSのA-10C、UAE空軍のF-16E/F、コロンビア空軍のクフィルC10/TC12、電子戦機のVAQ-209/VMAQ-3のEA-6B、空中給油機の93ARSのKC-135R、コロンビア空軍のKC-767MMTTとKC-137、早期警戒管制機の964AACSのE-3Aなど。レッドフォースは64AGRSのF-16C/Dと65AGRSのF-15C/D。
クフィルの複座型TC12はノーズが少し下を向いているのがおもろい。6ページでちょっと物足りない。
 
【Tornado F.3 Farewell Flypast イギリスのトーネードF.3最後の飛行】
 1986年に運用転換部隊に配備後、1987年から実戦部隊のNo.29Sqnの運用が開始されたトーネードF.3は昨年3月のNo.111Sqnでの運用終了で全機退役した。しかし、QinetiQ社が2007年から目視外射程空対空ミサイルBVRAAMミーティアの試験用機材として4機を国防省からレンタルしていた。その4機も耐用寿命を迎えて7月5日にサヨナラ飛行を行った。4機はスクラップにされてしまうとのこと。2ページ、6カット。
 
【Richthofen's Rhinos ドイツ空軍第71戦闘航空団"リヒトホーフェン"のF-4F】
ドイツ空軍のF-4Fももうすぐ退役。1973年に175機が導入された後、機動性向上のためにAIM-7のCWイルミネーターやASQ-91WRCS、AJB-7爆撃システム、空中給油システムを外して軽量化された。その後再びAIM-120が運用できるようにレーダーをAPG-65に換装してICE仕様する改造が110機に対して行われた。写真はコメントにもあるように再塗装がされずにタッチアップが目立ち、なんだか痛々しい。ハンガー内の写真なんかまだまだかっこよく見えるけど。
 
【スイスアルプスを飛ぶドイツ陸軍のスタリオン】
ドイツは1968年にCH-53DのエンジンをT64-GE-7に換装した機体をCH-53Gとして導入した。写真はスイスで訓練中の第25中型ヘリコプター輸送連隊の機体。エンジンをT64-GE-100に換装してローターブレード、航法装置なども変更されたCH-53GSもあり。黒っぽい塗装がスイスアルプスを背景に重厚な感じ。
 
【占領70年後のラバウル、カビエンへ】(佐藤暢彦)
 旧軍の軍用機の残骸は結構残っているらしい。写真にあるのは一式陸攻の中央翼部分、操縦桿、ラダーペダル、スロットルレバーが残ったコクピット部分、主脚など。零戦も4枚ほどあるがいずれもほぼ野ざらし状態。
 
【欧州見聞録】(洲崎秀憲)
 スイス空軍の公開射撃演習"Fliegerschiessen (Air Force Shooting) AXALP"の模様。トップのフレアを大量にまき散らしながら旋回するF/A-18C。カッコいい。
 
【在日米軍とアジア太平洋戦略】(石川潤一)
 
【在日米軍基地を見る】(石川潤一)
 
【100周年目を迎えた強力エアパワー ロシア空軍の現況と将来】(鹿内誠)
 
【実戦配備を間近に控えたロシア空軍最新鋭戦闘機スホーイSu-35Sの実力】(鹿内誠)
 Su-35Sは2000年代に入ってから開発が始まった。ソ連時代の1988年に初飛行したSu-27/Su-35テルミナータルと呼ばれるカナード付の機体は別物。Su-35Sの試作機はSu-35BMで、BMはロシア語で大規模改良を意味するBol'shaia Modernizatsiiaの略とのこと。試作機の初飛行は2008年の2月で、2015年までに量産機が48機導入される予定。
Su-27からの変化点はエンジンがAL-41F1Sにパワーアップしたことでエアインテイクが大きくなり、インテイク側面のSPO-15LMレーダー警戒受信機アンテナが廃止された。またフラッペロンが大きくなり、レーダーもN035イルビス-E PESAというもになった。このことでレドームも少し短くなっている。さらにSu-27のキャノピーの真前についていたIRSTセンサーが右側にオフセットしている。空中給油プローブも装備された。
新しくなったアビオニクスでは捜索時に5kW、照準用連続波で20kWを発揮するXバンドレーダーにより、RCS3㎡(通常の戦闘機サイズ)の目標なら400km、0.01㎡(巡航ミサイルやステルス機)でも90kmで探知可能らしい。このレーダー用にAPUも新しいTA14-135-35というもになって最大105kWが供給可能になっている。
エンジンはAL-31Fのコアを引き継ぎながらPAK-FA用のAL-41F1の技術をフィードバックさせ、三次元推力変更ノズルも採用されている。推力も最大14,500kg、ドライで8,800kgでアフターバーナーを使えば推力重量比は1.1になる。この結果Su-35Sの上昇力は毎秒280m(燃料搭載量50%で高度1000mからの場合) になり、加速力も600km/hから1100km/hまで13.8秒らしい。最大速度は2400km/hで離着陸きょりは400/650mとあり。
 
【ロシア航空博物館近影】
 ロシア空軍航空博物館:カメラの持ち込みには100ルーブルかかる。写真はYak-141、La-7、ミルV-12、Tu-144、Tu-114など。
ワジム・ザドロジュヌイ技術博物館:1997年に閉鎖されたヤコブレフ設計局の博物館展示機を収蔵。具体的にはAIR-1のレプリカ、UT-1、UT-2、Yak-3、Yak-9、Yak-15、Yak-1、Yak-23UTI、Bf 109G-6、ハリケーンII B、MiG-15UTI、Yak-38M、Mi-1M、MiG-17、MiG-19、Il-28、MiG-21などがあるとのこと。
大祖国戦争中央博物館:カメラ撮影は100ルーブル必要。残骸のBf110、ハリケーン、Ju88、Mi-8、Mi-24D、Ka-25、Ka-26など。MiGシリーズはMiG-19を除いたMiG-15UTIからMiG-29まで揃っている。
モスクワ航空大学: 撮影禁止。La-5、La-15、Su-15、Su-27、Yak-32、モスキートIV、P-38、P-63などの他に、ベトナム戦争当時のF-111A射出座席モジュールやA-7の尾翼、F-5Eの機首部、1995年にボスニアで撃墜されたF-16Cの尾翼などもあるらしい。
 
【空夢 第47回ターゲットドローン】(清水郁郎)
ターゲットドローンのPQ-8はコンペで唯一要求を満たした機体だったらしい。PQ-8は600機ほど製造されたが、すぐにより性能の高いPQ-14が開発され、これが1348機、さらに改良型のPQ-14Bが512機生産された。その後XPQ-15が計画されたが終戦により実機は製造されなった。ただXPQ-15の開発用としてPQ-14Bが3機改造された。今回はそのうちの1機をレストアした人の話。
 
【一式陸攻戦記 第11話「ワレ、絶海ノ空ニアリ」中部太平洋の落日】(佐藤暢彦)
 
【メッサーシュミットBf110C~F型の検証1】(国江隆夫)
 
【YOKOTA&MISAWA】
 横田基地日米友好祭は8月18、19日開催。F-22A、A-10C、U-2S、日の丸をつけたF-35Aの1/10スケールモデルなど。
三沢基地航空祭は9月9日開催。こちらもF-22A、A-10CをはじめF-15J、B-52Hなど。
 
【第二次大戦ミニ航空史話 第107回 アミアン監獄攻撃の真偽】(田村俊夫)
1944年2月18日にフランスのアミアンにある監獄の一部を爆撃で破壊して囚人を脱走させた作戦は、通称ジェリコ作戦と呼ばれているが、実はこの作戦名は1946年にフランスで作られた映画のタイトルだそうだ。内容は似ているがまったくのフィクションなので関係はなく、実際の作戦名はラムロッド564だったとのこと。また作戦の目的もレジスタンスを助けるためというのが通説らしいが、実際にはそのようなレジスタンスはいなかったらしい。
モスキートの「世界の傑作機」にも何度もジェリコ作戦って出てくるんだけどなぁ。
 
【BOOK REVIEW】
 
 
父、坂井三郎-「大空のサムライ」が娘に遺した生き方-

父、坂井三郎-「大空のサムライ」が娘に遺した生き方-

  • 作者: 坂井スマート道子
  • 出版社/メーカー: 産経新聞出版
  • 発売日: 2012/08/07
  • メディア: 単行本

 

 

 

 

 

潜水艦を探せ―ソノブイ感度あり (光人社NF文庫)

潜水艦を探せ―ソノブイ感度あり (光人社NF文庫)

  • 作者: 岡崎 拓生
  • 出版社/メーカー: 潮書房光人社
  • 発売日: 2012/07/31
  • メディア: 文庫

P2V-7、S2F-1、P-2J、P-3C の性能や特性についての記述があるらしい。

 


航空ファン No.718 2012/10 [雑誌]

航空ファン 2012年 10月号 [雑誌]

航空ファン 2012年 10月号 [雑誌]

【MV-22B OSPREYS LANDED IN JAPAN オスプレイ、岩国に到着】
民間自動車運搬船で岩国に運搬されてきたオスプレイの様子。グリーンリッジ に格納されている状態の写真から、運搬、エンジンテストの様子まで。
 
【OSPREY Show The High Capability】(洲崎秀憲)
MAGTF Demo(Marine Air-Ground Task Force)デモの様子。シャープなカットばかり6ページ。
 
【Joint Base Elmendorf-Richardson】(神野幸久)
3WG(第3航空団)のホームベースは陸軍フォート・リチャードソンと合併、2010年10月からエルメンドルフ・リチャードソン、JBERになった。現在は3WGと673ABWの2つの航空団がある。写真はF-22A、E-3、C-17A、C-130H、UH-60Aなど。
 
【ROYAL INTERNATIONAL AIR TATTO】(北村拓也、福島明)
7月7,8日開催。各写真に番号が付けられ、それに対する解説がついてるのでわかりやすい。No.6 SqnのタイフーンGR.4、No.208(R)SqnのホークT.1(ハートマークがおしゃれ)、VMM-264のMV-22B、Yak-130、ポーランドク軍MiG-29A、ベルギー空軍F-16AM、ドイツ空軍JG71のF-4F。アクロチームはレッドアローズ、UAEのアルフルサン、韓国のブラックイーグルス。
 
【航空自衛隊秋田救難隊】(石原肇)
なまはげの顔が描かれた特別塗装機UH-60J、U-125A。記念式典の記念撮影も入った6ページ。
 
【第1航空団第31教育飛行隊111,111時間飛行無事故を711号機で達成】
 23年9か月で達成した記録。軍用の小型ジェットの運用部隊としては世界でも稀な安全飛行記録とのこと。T-4と記念塗装の450リットル燃料タンク。
 
【タイ空軍100周年記念エアーショー】(水谷光)
6月29日から開催。写真は特別塗装のNo.103 SqnのF-16A、No.701 SqnのJAS39グリペン、サーブ340 AEW、A310、Mi-17など。
 
【Savoie 100 Ans】(徳永克彦)
フランス空軍第118航空基地、ER2/33(第2/33)偵察飛行隊のミラージュF1CR飛行隊。 創設当初の機材はスパッド・ドペルデュサン。同機は1913年9月13日のゴードン・ベネット・カップレースで最高速度203.85km/hで優勝している。特別塗装の機体は背中に大きくブルーのリング、そしてカモメ、側面にはフィルムの各コマに歴代の使用機のシルエットが入ったものが図案化されている。歴代使用機の解説は欲しかったな。垂直尾翼にもブルーリングにカモメ。
 
【欧州見聞録】(洲崎秀憲)
見開き2ページを使ったチェコ空軍のJAS39Cが素晴らしい。リベットの一つ一つまでよくわかる。
 
【オスプレイに本配備を正しく理解するために】(岡部いさく)
尖閣諸島への中国の"漁民"上陸を察知した日本側は、日米緊急警備輸送訓練として沖縄県警の機動隊員や海上保安官を米軍のMV-22Bで輸送、 上陸を阻止した、という架空のストーリーから始まる。これはオスプレイの機動力、沖縄に配備されることの意味を説明したもの。
マスコミはオスプレイの過去の事故の内容も検証せず、原因特定されて対策が済みのものまでカウントして事故数の多さばかり強調している。またMV-22BのクラスA事故率が他の海兵隊ヘリコプターを下回っていることがわかってくると、クラスBやクラスCのものも加えて印象操作をしているようなメディアもある。
またアメリカの調査機関の調査員であったアレックス・リボロ氏の「オートローテーション機能がない」という主張を取り上げたメディアもあったが、MV-22Bの実際のフライトマニュアルにはオートローテーション機能が記載されておりその主張はあたらない。ただし、オートローテーション維持のための前進速度はその他の大型ヘリよりも大きく、安全に着陸するのは難しいので、むしろ固定翼機モードの不時着が推奨されているとのこと。そもそも大型ヘリでもオートローテーションの降下率は毎分数百から1000m近くになり、安全な不時着を保証するものではない。
 
【V-22に関する22の疑問】(石川潤一)
オスプレイの回転翼は「プロップローター」と呼ぶのが正しいそうだ。プロップローターの3枚のブレードはレッド、ホワイト、グリーンと名前が付けられており、格納時にはレッドはそのままで、ホワイトとグリーンがレッドを挟むように折りたたまれる。FAAの分類ではオスプレイはハリアーとともにパワード・リフト機というカテゴリーになる。プロップローターを上に向けている状態はVTOLモードだが、前に向けて飛行する状態はAPLNモードと呼ばれる。APLNモードで滑空するばあいの降下率は3500~4000fpm(1067~1219m/分)で比較的安全に着陸できるとのこと。VTOLモードでの降下率は500fpm(1524m/分)でAPLNモードより大きく、着陸時の衝撃も大きくなる。APLNモードで不時着した場合、ブレードは地面を叩くことになるが、材質がノーメックスと呼ばれるアラミド系合成繊維のコア構造なので、衝撃で砕けるので周囲に損害を与える可能性も低い。排気はコアンダディフレクターで撹拌されるので熱でアスファルトが溶けたり、草が燃えることはない。
MV-22とCV-22のフライトマニュアルはほとんど同じもの、外見上の違いはCV-22BにAPQ-186地形追随レーダーの突起が機首にあるくらい。海兵隊のCH-46/-53の後継がMV-22で、空軍のMH-53の後継がCV-22と逆になったのはMarinesのMにこだわって早い者勝ちで命名したから、とのこと。
 
【タイ軍用航空100周年の今年、洪水被害から蘇ったバンコクの2つの航空博物館
モノクロばかりでサイズも小さめだが、いろいろな展示機の写真あり。洪水で脚部が水没状態のものも多数。写っている機体はF8F-1、立川九九式高等練習機、スピットファイアFR.14、F-16A、サーブJAS39グリペン、デ・ハビランドDHC-1チップマンク、パイパー・カブ、スピットファイアPR.19、A-37B、SNJ-4。
 
【2012リノ直前情報】(神谷直彦)
 コースレイアウトが見直しになり、観客席手前のコーナーの曲率が緩やかになった。
 
【空夢 第46回C-123を飛ばすAir Heritage】(清水郁郎)
 元B-17のパイロットであるDavid Tallichet氏は大戦機のコレクター。事業で成功し、70年代には120機も所有していた。"Black Seep"のF4U、"Memphis Bell"のB-17Fも氏のコレクション。ペンシルベニア州のAir Heritage MuseumはタリチェットのB-17を修理する代わりにC-123Kを年間1ドルののリース料で提供することになる。
 
【追補・個人としての航空戦史 「手製の上向き砲は戦った」】(渡辺洋二)
昭和19年5月、百偵3型の機首にホ5を2門(弾数各200)装備する命令が立川の陸軍航空工廠に出される。これに合わせて操縦席前の風防を再設計、また発動機の排気管を単排気管に改修した。改造1号機は6月に完成し、審査部でテストが開始されたが、同月15日に米軍がサイパンに上陸、16日には成都からB-29が初の対日攻撃をかけたことが影響し、さらに前席と後席の間に37mmのホ204(弾数16発)を仰角度で取り付ける命令が出された。さらに翌7月にはタ弾装備用の懸吊架を2基胴体下面につけることも指示された。ホ5のみの追加型の審査完了は7月、ホ204追加型は11月。正式採用された時には前者が キ-46III乙として12月までに75機、後者はキ-46III乙+丙として15機が翌1月までに改造された。
これとは別に昭和19年の春頃、独飛17中隊の北川禎佑中尉は百偵にタ弾を取り付けることを整備の川口俊策少尉に相談する。そこで百式重爆の爆弾懸吊装置を百偵2型の胴体下面、撮影窓の部分に取り付けた。この改造機は先の工廠の改造機と違い、後席の同乗者が投下操作を行った。
9月21日、高度10000mへの上昇を競う演習が行われ、二式戦、三式戦45~55分かかったのが、北川大尉の百偵3型は14分30秒、他の百偵も20分から30分を要しただけだった。この演習の後北川大尉は今度は百偵の上向き砲を取り付けることを提案する。結果、先の37mm砲装備の施策を知らないまま、ホ5を仰角75度で取り付けた。
11月1日から始まったF-13の侵入に対し、迎撃を試みたが11400mまで上昇したものの敵機はさらに上空を飛行しており攻撃の機会もなかった。しかし、11月24日のB-29の初空襲では銚子沖で接敵し、ホ5を全弾(40~50発)打ち込んで撃墜を果たす。
37mm砲装備機を使って迎撃されたことも書かれているが、戦果は確認されなかったらしい。この機はノーマルの百偵より300kgは重いので着陸には気を使う必要があったらしい。
 
【一式陸攻戦記 第10話・失われた空 ラバウル航空戦の終焉】(佐藤暢彦)

【不定期連載 ヒコーキマニア的人間航空史・第3回 伊神晃さん】
 
 
【第26回航空ページェント】(河合広雄)
7月29日開催。AV-8B+、VFA-115/-195のF/A-18EとVAQ-132のEA-132など。
 
【千歳基地航空際】(河合広雄)
 8月5日開催。第201飛行隊、第203飛行隊のF-15Jなど。
 
【第二次大戦ミニ航空史話 第106回 スリーブバルブ・エンジンはなぜ難しいか】(田村俊夫)
ネピアのセイバーはランク・ハルフォードの設計。1935年に設計が開始され、1940年6月に100時間試験を2200馬力でパスした。しかし量産ではスリーブの関係のトラブルが頻発した。理由は「部品の歪や楕円率が0.009in(0.20mm)-0.10in(0.25mm)あるため」だそうだ。ネピアでこの問題が解決できず、政府がブリストル社に圧力をかけてスリーブバルブの材質や製造工程の秘密を教えさせた。そのうちの一つがセンターレス・グラインダーで歪みの発生を抑えながら外径を削ることができるもの。通常の旋盤のように部品を掴んで加工すると外した時に圧力が解放されて歪が出るそうだ。その問題を解消するもので、芯無し研削法の概念図も掲載されいているがどうも仕組みがよくわからん。とにかく相当高度な技術が必要なエンジンであることは確か。
 
BOOK REVIEW】
 
現代ミリタリー・ロジスティクス入門―軍事作戦を支える人・モノ・仕事 (-)

現代ミリタリー・ロジスティクス入門―軍事作戦を支える人・モノ・仕事 (-)

  • 作者: 井上 孝司
  • 出版社/メーカー: 潮書房光人社
  • 発売日: 2012/07
  • メディア: 単行本

 

 

 




航空ファン No.717 2012/9 [雑誌]

【TIGER MEET 2012】(徳永克彦)
表紙にもなっているECE5/330のラファールCはホワイトタイガーをイメージ。胴体上面から主翼にかけては白と黒の幅広のストライプ、垂直尾翼には隙間から虎がのぞく。ドイツ空軍JBS321のトーネードECRとAG51のトーネードIDSは胴体までスペシャルのマーキングで気合が入っている感じ。後者は最優秀スペシャルマーキング機に選出。たっぷり11ページ。
 
【RED FLAG ALASKA 12-2】(神野幸久)
航空自衛隊からはF-15、E-767、C-130H、KC-767が参加。ほかにはオーストラリア、ドイツ、ポーランドの空軍とNATOが参加した。 写真はC-130系が多いような。
 
【"SHOWTIME" in the USA 北米エアショーの主役-F-22ラプターとブルーエンジェルス】(洲崎秀憲)
タイトル通りラプターとブルーエンジェルスが中心だが、P-51D、F4U、AV-8B、B-2も少しだけ。
 
【イスラエル空軍のエアパワー】
 イスラエル空軍の所有機は500機以上もあるそうな。F-15I、F-16I、A-4の迷彩は独特。
各モデルの愛称とその意味の解説あり。F-15A/B/C/DはBazで隼の意。F-15IはRa'amで稲妻、F-16C/DはBarakで雷鳴、F-16IはSoufaで嵐、A-4 Ayitが鷲、G550 Aitamはミサゴ、KC-707 Re'em オリックス、B200 Zufit ツグミ、AH-1F Tzefa 毒蛇、AH-64A Peten コブラ、AH-64D saraf 大蛇、CH-53 Yas'ur ウミツバメ、S-70A Yanshuf フクロウ、OH-58B Saifan シギで、いずれもどこかで聞いたような名前ばかり。
写真もいろいろな機種が載せられていてGood。G550はガルフストリームVにIAIが開発したコンフォーマルタイプのフェイズドアレイレーダーを装備したもの。
 
【ROYAL BAHRAINI AIR FORCE バーレーン王国の空軍戦力】
バーレーンの空軍の最初の装備はMBB Bo105C、続いてアグスタ・ベルAB212が導入された。1985年にF-5Eを8機とF-5F4機、1990年にF-16も配備された。3ページだけだけど、写真はF-5E、F-16C、ホークMk.129、スリングスビーT.67Mファイアフライ、Bo105C、AH-1F、S-70Mなど多彩。
 
【RAF No.3(F) Sqn 創設100周年を祝う】
 タイフーンFGR.4(ZJ936)のスペシャルマーキングは色使いがイマイチな感じ。
 
【Frisian Flag 2012】
 NATOの統合航空戦闘演習のことらしい。独空軍ユーロファイター、スウェーデン空軍のJAS39Cはかっちょええ。
 
【欧州見聞録】(洲崎秀憲)
 ピクセル迷彩のスロバキア空軍MiG-29ASが大迫力。
 
【MV-22オスプレイ日本配備直前の緊急特集 日本配備までの経緯と「危険性」という問題について】(岡部いさく)
MV-22オスプレイはCH-46の後継。両者の行動半径の差を360kmとして、揚陸艦が速力17ktで進むとすると約12時間早く揚陸部隊を発進させることができることになるそうだ。普天間への配備計画が正式に発表されたのは2011年の6月。同年の12月にハワイのカネオヘ基地に配備に関する環境アセスメメントでは騒音や環境への影響は少ないとされた。1月にはミラマー基地にて国民新党の下地議員がMV-22を視察、朝日新聞社の報道では「騒音も安全性もイメージと違い、十二分に行けると思った。古いCH-46ヘリの使用を容認する方が問題ある」、「騒音は間違いなく少なくなり、非常に危険でどうしようもないというものではない」と語ったとある。
その後4月にMV-22がモロッコで 、6月にはフロリダで訓練中のCV-22が墜落事故を起こし危険性についての議論が高まる。しかし日本のメディアが指摘する危険性は開発段階での事故も含めての単なる数を羅列する程度で、その原因や事故率、他の機種との比較、検証は行われていない。また事故を伝える映像も1991年の試作機のロールレイト・ジャイロの配線ミスが原因の事故の時のものが使われており、さらに「ウィドウメーカー」と呼ばれたというエピソードについてもその社会的背景などを勘案せずに安易に引用している。
問題の本質はオスプレイの機体としての危険性ではなく、住宅地に囲まれた普天間基地の危険性。よって、鳩山政権で辺野古への移設が前進していればここまでオスプレイ配備が問題になることはなかったはず。
 
アジアの安定と日本の安全保障のためには妥当と受け止めるべき】(佐藤守)
オスプレイの配備は在日米軍の能力向上を考えれば妥当。配備に関してもいったん岩国を経由して事前の試験飛行を行ったのは地元感情を優先しており紳士的。1991年以降の事故については機体の複雑さに由来する操縦方法に操縦者の技量が追い付いていないように感じられるので技量向上が望まれる。
 
【お互い、より高い妥協点を見つけることが大事】(長谷部憲司)
オスプレイの事故率は1.93で海兵隊所属のヘリを含む航空機の平均事故率は2.45。純粋に技術的な安全性の議論ではなく、軍事的な思惑と感情的なしこりを含むこの問題はどこかで妥協するしかない。
 
【今の段階で強襲輸送機として使うこと自体が問題だろう】(宇垣大成)
着陸時に自らが引き起こすボーテックス・リングと呼ばれる下降気流よりも下降速度が速くなると失速状態に陥りやすいのが機体の問題。またエンジンナセルを水平から垂直位置に変更するには10秒余りかかり、垂直離陸時に水平飛行に移るときに飛行高度が数百メートル落ちることがある、らしい。
また強襲輸送機として運用にするしても、MV-22に随伴して支援を提供できる護衛用の機体がないのが問題。ちなみにCH-47の時にはAH-1Zが担当している。
 
【防衛省、ついにF-35調達の正式契約を締結】(小野正春)
防衛相は2012年予算案にF-35 4機分の取得経費として395億円を計上。1機あたりの価格は初年度部品を含めて約99億円、およびシミュレータ等が 205億円也。
 
【米空軍F-22ラプターの現状】(石川潤一)
 F-22Aの最終号機は5月2日に納入された。YF-22を含めた全機数は197機。ブロック1,2は試験機、ブロック10は試験及び訓練用。ブロック20は初の実戦型でGBU-32/B JDAMはGBU-39・B SDBの運用能力が付与された。APG-77も改良、リンク16MIDS等も強化された。ブロック30はレーダーがAPG-77(V)となり、SAR(合成開口レーダー)モードを強化、EP(電子防護)能力も持つ。インクリメント3.1 OFP改修が可能。ブロック35はインクリメント改修3.2でAIM-9XやAIM-120が運用可能になる。ブロック40はF-35Aに準じたISR(情報収集監視偵察)能力の付与やヘルメット搭載ディスプレイの対応追加。ただし、これは製造されていない。
F-22Aは2002円9月から2005年12月までの間空軍参謀総長だったジョン・ジャンパー大将の発案でF/A-22Aと呼ばれていたが、離任に伴いF-22Aに戻された。
 
YF-22とF-22Aの外見上の主な差はレドーム形状の変更、コクピットをやや前方に移動、インテイクを少し後ろに移動、主翼の前縁後退角が浅くなり、全幅は増加。翼厚も薄くなった。主脚は後方引き込みから前方引き込みになり、背中ののスピードブレーキは廃止。エルロンの形状も変更。垂直尾翼は小型化されたが、水平尾翼は逆に大型化され形状も変わった。
 
Raptor coughは飛行中にパイロットの肺に空気が入らなくなり、激しく咳き込んだり意識が遠のいたりする症状のこと。当初はOBOGS(機上酸素発生装置)のトラブルと思われていたが、その後コンバットエッジ原因説も出ているらしい。コンバットエッジは下半身を締め付ける従来の耐Gスーツとは異なり、頭や上半身にも圧搾空気を送って締め付ける。
 
【ヒコーキマニア的人間航空史・第2回 大野芳希さん】(松崎豊一)
今回の大野さんは1953年の中学1年生当時、保安隊総監部を直接訪問して浜松基地の見学を申し込んだツワモノ。隊側からは大歓迎されて数度にわたって基地見学を行ったそうだ。
写真は保安隊のL-21B、ドーサルフィレットが装備された新立川飛行機のR-53、保安隊の文字が入った シコルスキーH-19C、2機並んだベルH-13E、米軍から供与されたばかりのC-46D、F-86F、F-80Cはまとめて一枚に。F-80Cはほかにも2枚。T-6、C-46D、海自のKAL-2のベル47D-1、陸自のH-19C。富士重工の見学ではT1F2、フィリピン空軍むけT-34Aを撮影できた。
 
【空夢 第45回テストパイロット(後編)】(清水郁郎)
地上での100回以上の脚の収納テストは問題なかったが、アクチュエータを分解したところ不良品であることが判明。ブレーキもマスターシリンダーが流用したS-2のものに対して容量が足りず、副マスターシリンダーを追加。さらにエルロンはヒンジの位置が許容誤差1.5mmに対して10mmもずれていたことが判明。さらにさらに右側主翼の外側1/3の翼断面が下が膨らんだような翼断面になっていた。Tango Tangoをドイツに輸送するときは武器輸出許可を取得すること求められたらしい。
 
【一式陸攻戦記 第9話・光芒一閃 レンネル島沖の戦い】(佐藤暢彦)
航空隊令改正で、地名を冠した部隊名は3桁または4桁の数字表記となった。数字の1桁目が機種、2桁目は所属鎮守府、3桁目が常設か特設かを表す。陸攻は7で、木更津空は707、鹿屋空は751、高雄空は753、美幌空は701、元山空が755、千歳空が703、三沢空は705、1空は752、4空は702となった。
 
ラバウルで「一式陸攻はインテグラルタンクのため、被弾時にすぐ発火する。九六陸攻は一式陸攻より発火しにくいはずだ」と九六陸攻の701空の昼間爆撃を命令した参謀がいたそうだ。
 
【アラドAr196の検証5】(国江隆夫)
 フロートまわり。
 
【河口湖飛行舘 8月の公開情報 一式陸攻の胴体が結合!!】
8月限定の公開は今年で12回目。今回の目玉は前後の胴体が結合された一式陸攻22型。塗装がキレイすぎるぐらい。零戦は21型、スケルトンの21型、52型。アツタ21は分解された形で展示。
 
【第二次大戦ミニ航空史話 第105回 1時間に1機、四発重爆を生産せよ】(田村俊夫)
1941年フォード社のソレンセンは自社での生産のためにコンソリデーテッド社を視察。コ社が1日1機のB-24生産が目標だったのに対し、フォードでは1時間に1機を生産できるとした。実際3年後にはその目標を達成し、コ社本社で生産された7626機を上回る6792機を新設したウイローラン工場で作り上げた。さらに1893機がノックダウン組み立て用としてダグラスのタルサ工場とコ社のフォトワース工場に出荷している。
航空機の大量生産にあたって、次の3点が自動車と異なっている。A.製図法の違い。自動車は小数点以下は少数だが、コ社の図面は分数が使われていたため3万枚の図面の書き直しが必要だった。B.自動車の材料は鉄だったが、航空機の主要材料はアルミなのでそれに合う金型を作るのに苦労した。C.軍用機では自動車に比べて頻繁に設計変更が行われるので戸惑った。
またウイローラン工場では平均3万人、最大で4万2千人の従業員が勤めたが、用意された住居は5000人分に過ぎず、遠くから自動車通勤をしたり、掘立小屋のようなところ生活せざるを得ず、工場自体だけでなくそのような周辺環境で目標を達成したのは驚異的。
 
BOOK REVIEW】
レーダーの起源から第二次大戦中の英、独の開発、実用化への過程、実戦での様相など。
 
レーダーの歴史 ―英独暗夜の死闘

レーダーの歴史 ―英独暗夜の死闘

  • 作者: 辻 俊彦
  • 出版社/メーカー: 芸立出版
  • 発売日: 2012/03/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

 

 

1944年11月23歳で戦死するまでの4年間に258機のスコアを上げたノボトニーの生涯。著者も元戦闘機パイロットとのこと。

撃墜王ヴァルテル・ノヴォトニー

撃墜王ヴァルテル・ノヴォトニー

  • 作者: 服部 省吾
  • 出版社/メーカー: 潮書房光人社
  • 発売日: 2012/05
  • メディア: 単行本

 


航空ファン No.716 2012/8 [雑誌]

【GUNFIGHTERS OF MOUNTAIN HOME マウンテンホームのF-15Eストライクイーグル
F-15Eを運用するのは366FWと4FWと48FWの3つだけ。その366FWはアイダホ州のマウンテンホームAFBがベースで"Gunfighters"がニックネーム。空撮中心の7ページ。
 
【4FW 2012 Turky Shoot】
 第2次大戦中ヨーロッパでドイツ軍に対する大規模な航空戦が行われた。その作戦に参加した4FGを前身に持つ4FWが当時を再現する"2012 Turkey Shoot"を行った。これに参加したF-15Eは70機で、滑走路にずらっと並んだ様子は確かに圧巻。当時破壊した数と同じ1016のターゲットが設定されてたらしい。
 
【異色の複座型零戦 異色の塗装で登場】(SHIMIZU Ikuo)
Flying Heritage CollectionのA6M3(3852)が新塗装で公開された。この機体はニューギニアで90年代に回収され、ロシアでリビルドされたもの。エンジンはP&W R-1830になったはのはしょうがないとしても、複座にされてしまったのはちょっと残念。塗装もベースの飴色の上にグリーンの縞が入る妙な迷彩。ラバウル251航空隊のU1-161の写真を基にしたらしいが、ふつーの濃緑色か飴色のままのほうがよかったんじゃ。でなければ、いっそ最初掲載されているベアメタルのままにしておいてほしかった。
 
【チノのプレーンズ・オブ・フェイムでは零戦3機と彗星が翼を並べる】
5月5、6日にプレーンズ・オブ・フェイムで行われたイベントでロシアのヤコブレフ・ストレラ・プロダクション製零戦22型2機と、以前から所有する53型が並んだ。22型の2機はそれぞれテキサス州ミッドランドのアメリカン・エアパワー・ヘリテージ・フライング・ミュージアム(コメモレイティブ・エアフォース:CAF)のX-133/N712Zと、デラウェア州ニューキャッスルのZERO ENTERPRISE INC TRUSTEEのAI-112/N553TT。後者はオーナーが日本人に替わったらしい。1ページ2カットしかないのが残念。彗星とP-59Aも1カット。
 
【USSマキン・アイランド香港に寄航】
 UH-1Y、AH-1Z、AV-8B、MH-60S、CH-46E、CH-53Eが小さく1カットずつ。
 
【PC-21&F/A-18 Schweizer Luftwaffe/Swiss Air Force】(徳永克彦)
 タイトルの2機がメインだけど、PC-7も少しだけあり。PC-21のエンジンは1600shpのP&WカナダPT6A-68Bで最高速度370kt。ロールレートは200度/秒。赤地に白のストライプがオシャレ。
 
【FIDE 南米最大の航空イベント、チリ国際航空宇宙展】(徳永克彦)
 トップのエアバスミリタリーのA400Mが迫力。そのほかKAI TA-50、ミラージュ2000Cとか。FAdeAパンパってよくしらないなぁ。
 
【MARRAKECH AERO EXPO 2012】
4月4日からモロッコはメナーラAFBで"マラケシュ・エアロエキスポ2012"が開催された。KC-130から空中給油を受けるミラージュF1とF-5E、モロッコ空軍のF-16C、アクロチームの"マルシェベルト"のCAP-232、CN235など。
 
静岡基地航空際】
 5月20日開催。3年ぶりとのこと。写真はT-4の10機編隊、UH-60J、赤白のT-4、飛行実験団のF-2Aなど。
 
【美穂基地航空際】
 5月27日開催。C-1、YS-11、F-4EJ改、T-400など。
 
【防府航空際2012】
 6月3日開催。T-7の16機編隊、F-2B、F-15Jとか。
 
【海上自衛隊大村航空基地開隊55周年記念行事】
5月27日開催。スペシャルマーキングのSH-60J(8261)が派手さはないがかっこよい。
 
【北宇都宮駐屯地開設39周年記念行事】
5月27日開催。記念塗装のUH-60JAとLR-1、OH-1など。
 
【F-15Eストライクイーグルとその派生型】(石川潤一)
 ストライクイーグルはイーグルから変更された点は多く、D型と比べても共通部分は40%もない。エンジンベイも変更点の一つで、P&W F100系以外にGEのF110系も搭載できるようになっている。ブロック49(の7号機)以降はF100-PW-220からパワーアップ型のF100-PW-229に換装されている。
レーダーもAPG-63から大幅に能力が向上したAPG-70に変更されているが、F-15C/D MSIPのAPG-63(V)1はさらにそれを上回る、らしい。F-15SG/SAが搭載するAPG-63(V)3はバックエンドはAPG-63(V)1とほぼ同じAESAレーダー。このフロントエンドとF/A-18E/F用のAPG-79のバックエンドを組み合わせたのがAPG-63(V)4だけど、名前はAPG-82(V)1に変更された。米軍ではこのレーダーを載せるような改修を予定している。
輸出型はサウジアラビア空軍のF-15S 72機、イスラエル空軍のF-15Iラーム 25機、韓国空軍のF-15K SLAMイーグル60機、シンガポール空軍のF-15SG 24機でこれにサウジアラビアのF-15SA 84機が追加される。
 
【不定期連載 ヒコーキマニア的人間航空史・第1回 能村実さん】
 終戦直前の自宅から撮影されたP-51Dがすごい。機体そのものは遠景で不鮮明だが、乾板は大久保陸軍研究所からもらったX線用のものを自分でカットしたもの。その他載っている機体は1962年10月の入間でのVMA-224のA-4C、羽田のボーイング377、VB-17G、B-26B、マーチン202「きん星」号、CB-17G、P2V-7、アヴロ・スーパートレーダー、ダグラスC-133Aカーゴマスター、ミルMi-4など。
珍しいのは1960年に入間で行われたアンリ・ファルマン機返還式典での徳川好敏元陸軍中将と1978年の零戦の前でインタビューを受ける坂井三郎元中尉と堀越二郎技師。
 
【空夢 第44回テストパイロット(中編)】(清水郁郎)
 新造Me262のエンジンはJumoに変わるGE J85。パワーは50%も大きいが、油圧ポンプの吐出量が足りないので脚は電動ポンプ、フラップはモーターで動かす。ブレーキはグラマンS-2から流用したが性能不十分とわかり作り直し。
初飛行は2002年12月20日。このときは問題なかったが、翌1月16日の2度目の飛行で着陸に失敗。滑走路を外れて林に突っ込んだが大破は免れた。
 
【第一次大戦獨墺陸軍戦利機の詳細(4)】(秋元實)
 前号からの続きで、ブランデンブルク複座偵察機(C.I型)、フェニックス複座偵察機(C型)、フリードリヒスハーフェン爆撃機、ローナーL.I、ローナーS。
写真付で紹介されている発動機はベンツBz IV、メルセデスD IVa、マイバッハMb IV、ヒーロ200馬力、オーバーウルゼルUI、ジーメンス-ハルシュケSh III。その他名前だけは大量に。
 
【一式陸攻戦記 第8話・カクタス空軍との戦いの始まり】(佐藤暢彦)
 
【アラドAr196の検証4】(国江隆夫)
コクピット、操縦系統とか。
 
映画『飛べ!ダコタ』特別企画 第3回・いよいよ撮影開始】(Kengo YAMAMOTO)
 
【第二次大戦ミニ航空史話 第104回 祝!生産1万機】(田村俊夫)
キリ番特集。P-38の5000号機はP-38J-20-LO"YIPPEE"(44-23296)で1944年5月の完成時は真っ赤に塗装された。P-47の1万号機はP-47D-30-RE(44-20441) は1944年9月完成、機首に「10 GRAND Thunderbolt」の文字を円内にデザイン化したマーキングを付けた。P-51は「10,000」と書かれた写真があるとのこと。F6Fの1万号機も同様に「10,000th HELLCAT」と書かれた。B-17の5000号機は1941年12月製造のB-17G-70-BO(43-37716)で、"5 GRAND"と命名されたそうな。35000人の作業員がサインしたとあるが、ほんとかいな。サインのせいかどうかはわからないが、速度が約11km/h遅かったらしい。また機首右側面に「天鳥」と書かれている箇所があったらしい。B-24の5000号機はB-24J-195-CO(44-41064)の"V Grand"、6000号機はB-24L-1-FD(44-42919)でフォードのウイローラン工場で作られたので「Ford's 6000TH」と書かれた。 C-47は2000号機に作業員のサインが書かれたが記念撮影後消された。P-40は15,000号機に使用28ヶ国の空軍の国籍マークが描かれた。この写真が見たかったな。
 
 

航空ファン No.715 2012/7 [雑誌]

【F-16 4,500機生産達成の金字塔を打ち立てる】(徳永克彦)
 4500機目の引き渡しセレモニーは4月3日にロッキード・マーチンのフォトワース工場で実施。4500の中には試作機10機は含まれていない。機体自体はモロッコ空軍向けのため、地味な茶系の迷彩のみ。垂直尾翼に4,500 F-16 DELIVERYの文字が入る。F-16プログラム担当マネージャの写真もあるがGD時代からすでに12代目だそう。
 
Polish F-16】(徳永克彦)
 ポーランド空軍のF-16はMiG-21からの更新。契約は2003年で単座型36機、複座型12機。使用機材はP&WのF100-PW-229搭載のブロック52+。空撮中心の8ページで、日没直後の空をバックにフルアフターバーナーで加速しているカットがかっこいい。
 
【THE GREEN MOUNTAIN BOY VIPERS OVER VERMONT】
 バーモントANGのF-16C。6ページ。
 
【LONESTAR VIPERS テキサスANG、149FWのF-16C】
 149FWの使用機材は1947年のP-51から始まり、F-80、F-84、F-86、F-100、F-102、F-4、F-16と続く。149OGの指揮下に編成されているのが182FSの"Lone Star Gunfighters"。2012年の65周年記念の特別塗装の指令機は赤、白と白い星が入ったブルーを組み合わせ。星条旗をモチーフにしたものかと。
 
【RED FLAG 12-3】(田宅敦将)
 2月27日から開催。海外からは英空軍とオーストラリア空軍のみ参加。迷彩のF-15C、F-16Cがかっこええなぁ。
写真はF-22A、F-15C、F-15E、F-16C、E-2D、豪空軍のF/A-18、英空軍のトーネードGR.4など。
 
【ANNUAL EXERCISE "COPE TIGER 2012"】
 3月12日からタイのコラートRTAFBで開催。写真はタイ空軍のグリペンC/D、F-16B、米空軍のF-15C、シンガポール空軍のF-15SG、F-5S、F-16Dなど。A-10も参加していたらしいが写真はなし。
 
【弾道ミサイル対処の日々】(瀬尾央)
北朝鮮の弾道ミサイル発射観測のための機材が嘉手納に集まった時の様子ということらしい。EO/IRを内蔵した大型ドーサルフェアリングを機種の上に載せたガルフストリームIIBは4月10日に飛来。民間機登録とのこと。
米空軍にはRC-135はSが3機、Vが8機、Wが9機あるらしい。C-135B→EC-135N→RC-135X→RC-135Sと変遷した62-4128の写真あり。半分くらいは夜間というか未明の撮影で機体の全体ははっきりしないが、各部のライトが機体シルエットを浮かび上がらせていていい感じ。
 
【NAF ATSUGI SPRING FESTIVAL】
 4月28日開催。VAQ-141のEA-18G、E-2C HE2Kとか。
 
【MACS IWAKUNI FRIENDSHP DAY】
 5月5日開催。AV-8B、F/A-18D、US-2、UH-1J、F-4EJ改、MCH-101、ブルーインパルスなど。
 
【エアーメモリアルinかのや 2012】(渡嘉敷健一)
 4月29、30日に開催。P-3Cがずらっと並んだカットは壮観。このほかUH-60J、US-2、U-36Aなど。
 
【欧州見聞録】(洲﨑秀憲)
 本文にもあるように快晴をバックにした写真はない。が、バルカン、チヌークHC.2A、F-16AMいずれもいい雰囲気でかっこいい。
 
【F-16 Fighting Falcon】(石川潤一)
 YF-16の初飛行は1974年2月2日。初期量産型はブロック1で正式名はF-16A/B-01-CFで、CFはコンベア社フォトワース工場の意。量産型の初飛行は1978年8月17日で1979年にユタ州ヒル空軍基地388TFWに配備された。4年もかかっている。
ヨーロッパ製は同年ベルギーのブリュッセル・サウス・シャルルロワ空港となりのSABCAゴスリ工場で完成。 ブロック1を導入したのは米軍以外ではNATOのオランダ、ベルギー、デンマーク、ノルウェーで全部で94機生産。レドームを黒からグレイに変えたブロック5は197機生産。色を変えた理由は太陽熱を吸収しやすいから、とあるがそれがどのような障害につながるかの説明は無し。
1979年にソ連がチタンの輸出を制限したため、アルミハニカムなどの使用を増やしたのがブロック10。ここまでが初期型で、ブロック15以降が後期型となる。ブロック15はMSIP(Multinatinal Staged Improvement Program)ステージ1とも呼ばれ、水平尾翼が30%ほど増積されたのでビッグテイルとも呼ばれる。また空気取り入れ口の左右にハードポイントが追加された。1988年からのOCU(Operatinal Capability Upgrade)ではエンジンをF100-PW-220に換装、機体構造も強化されて最大離陸重量も17,010kgになった。 1986年に導入が決定したADF(Air Defence Fighter)はOCUを防空戦闘用に改修したもので、スパローの運用が可能になり、F-16AM/BMブロック20となる。で、あってる?ちなみにのタイプの外見上の特徴はキャノピー前のAPX-1-1 IFFのブレードアンテナでその形からバードスライサーと呼ばれている。
米軍は1983年度にMSIPのステージ2にあたるF-16C/Dブロック25とブロック15の両方を発注。C/DではMFDが2基設置、HUDも広視野角のものに変更、ドーサルフィンが大きくなってIFF/UHFアンテナが追加されている。またエンジンもF100-PW-220Eを搭載する。F-16C-25は209機、Dは35機製造されすべて米軍が使用。
ブロック30と32の違いは搭載エンジン。末尾が0ならF110系で30はF110-GE-100、1ならF100系で32ならF100-PW-220/220Eを搭載する。ブロック30シリーズは1987年から納入開始し、733機を製造。トルコ、ギリシャ、イスラエル、エジプト、韓国で使用された。また米海軍の仮想敵機F-16N 22機、TF-16Nもブロック30となる。
ブロック40はAAQ-13LANTIRN NVP(航法ポッド)、AAQ-14 LANTIRN TGP(目標指示ポッド)を搭載し、夜間攻撃能力強化したナイトファルコン。HUDもLANTIRN対応のものに、レーダーもAPG-68(V)に換装、GPS受信機、新型電波高度計などが搭載されている。1987年から発注が開始され、615機が生産された。
なおブロック40シリーズはC/Dの次、F-16XLがE/Fなので、G/Hと呼ばれる。またブロック50はJ/Kとななったが、結局使われなくなった。
ブロック50では推力が増強されたF110-GE-129とF100-PW-229に換装、レーダーはAPG-68(V)5もになった。またASQ-213 HTSポッドが搭載可能になり、AGM-88HARM対レーダーミサイル運用が可能になっている。米軍向けとしてはこのタイプが最終型になる。
ブロック50+シリーズはさらに空対空探知能力が30%ほど向上したAPG-68(V)9になり、また合成開口レーダーモードも追加されているので対地攻撃能力も向上した。
ブロック60はレーダーがノースロップ・グラマンのAPG-80ABR(Agile Beam Radar)になり、エンジンもF110-GE-132を搭載し、F-16E/Fと呼ばれる。(XLはすでに退役済み)
今後の能力向上型としては、F-16CM/DM CCIP改修機がある。この改修ではリンク16MIDSやJHMCSの運用が可能になり、多機能ディスプレイがカラー化される。
転売するため、予備機や部品取りようの機体を大幅に近代化改修するF-16Vという計画もあるらしい。詳細は不明だがAESAレーダーを搭載してF-16E/F並みにするものらしい。
 
 
【F-16 4,500機生産達成 ―歴代大量生産機中の位置づけについて】(松木時彦)
古今東西生産数の多い機体。第1次大戦ではフォッカーD.VIIが3200機、ソッピース・キャメルが5500機、S.E.5が5200機。スパッドS.VIIは5600機、S.8なら8500機。
第二次大戦ではBf109が33,000、Fw190は20,000以上。対する英軍のスピットファイアは23,000機、ハリケーンは14,000機、モスキートなら7,700機。米軍のP-40は13,700、P-47が15,660、P-51が16,766機とある。海軍のF4Fは7,700、F6Fは12,275、F4Uは12,571。この辺は数字が細かいな。ソ連のI-16は9,450、Yak-1は8,700、Yak-9は16,769機、LaGG-3は6,258機、La-5は9,920、La-7も8,000近い。
攻撃機ではIl-2-/-10がダントツの42,000機以上、Pe-2でも11,500機。ドイツのJu-88は15,000、英軍のビッカース・ウェリントンが11,500、ハリファックス6,200、ランカスター7,400とある。米軍のB-17は約13,000、B-29は4000機、A-20ハボックは7,400以上、B-25ミッチェルは9,984機。
輸送機ではC-47が1万機以上。ちなみに日本の零式輸送機は500機くらい、ソ連のリスノフLi-2は5,000機程度つくられた。
戦後のジェット機ではF-86が9,860機、F-84が7,524機。ソ連のMiG-15は15,000以上、MiG-17も1万機以上、MiG-19は9,500機、MiG-21も1万機以上作られた。西側で多いのは第3世代のF-4の5195機。
 
【リノ・エアレース事故からの再生に向けて NTSBの記者会見と提言書】(神谷直彦)
 2011年のリノの事故はNTSB(National Transportation Safety Board)が調査を行っており、4月に記者会見が行われた。問題点として、レースコースの形状とレイアウト、レース前の技術検査、機体の改造と耐空性の確認・証明、エアレースに関するFAAのガイドライン、Gがパイロットに与える影響、ランプエリアにおける安全管理の6点を指摘。これらの点についてFAA、リノ・エアレースを主催するRARA、アンリミテッドクラスに参戦しているチーム全体であるNational Air Racing Group Unlimited Divisionの3団体に対して提言書がだされた。
アンリミテッドクラスはオリジナルからかなりの改造が行われているが、その安全性を確認するのは確かに難しそう。まさか破壊試験を行うわけにもいかないだろうし。またGがパイロットに与える影響についてはGスーツの使用を提言している。今回の事故も機体の破損から高Gがかかった状態になり、パイロットの制御ができなくなったとの予測がされているらしい。
なお肝心のレース自体は明確には中止になっておらず、内容は不明確なものの何らかのイベントは開催される模様。
 
【空夢 第43回 テストパイロット(前編)】(清水郁郎)
Texas Airplane FactoryでMe262の製造を行う話が持ち上がった時、テストパイロットとして名乗りでたのが元LuftwaffeでAmerican Airlineの機長だったWolfgang Czaia。製造の元になった資料はペンシルバニア州のNAS Willow GroveのゲートガードになっていたMe262B-1a。元Henschellで飛行機製造に携わっていたTAFのHerbert Tischlerは海軍と交渉してレストアして返却することを条件に借用することに成功。5機を並行して製作を始めたが資金難に陥り、ボーイングの元技術者Bob Hammerに引き継いだ。BobはB-2Aの製造技術に特許を持つ技術者であり、757の製造担当副社長でもあった人。Bobは複数機の同時並行製作を止め、まずはレストアを完了させ、次に複座のMe262B-1c"White One"を仕上げることにした。このS/Nは大戦時のメッサーシュミット社の製造番号に続く501241となった。
 
【第一次大戦獨墺陸軍戦利機の詳細(3)】(秋元實)
<装甲歩兵用飛行機(襲撃機)>
アルバトロスJ.II : 発動機ヘンツ(?)IVa 220hp、最大速度140km/h
ユンカースJ.I:発動機ベンツBzVI 200hp、最大速度155km/h
 
<爆撃機>
フリードリヒスハーフェンG.III 発動機メルセデスD IVa 260hp×2、最大速度135km/h
フリードリヒスハーフェンG.IIa:発動機メルセデスD IVa
ゴータG.VII:発動機メルセデスD IVa 260hp×2、最大速度180km/h
ゴータG.IX:発動機マイバッハMbIV 2y60hp×2
ジーメンス・シュッケルトL.I:発動機マイバッハMb IV 260hp×2、最大速度125km/h
 
<超大型爆撃機>
ツェッペリン-シュターケンR.XV:発動機マイバッハMb.IV 245 hp×4、最大速度135km
 
<オーストリア・ハンガリー機>
アルバトロス単座駆逐(J型)、ウファグ単座駆逐機(D型)、ベルク単座駆逐機(D型) 、フェニックス単座駆逐機(D.I)、フェニックス単座駆逐機(J型)
 
【三沢航空科学館からのお知らせ 零戦の特別展示は52型から21型へ】
 三沢航空科学館では佐賀からの零戦52型を展示してきたが、その借用期限が近付いたため代替として映画撮影用に作られたレプリカの21型の展示が始まった。映画はコレ↓
聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実- [DVD]

聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実- [DVD]

  • 出版社/メーカー: バンダイビジュアル
  • メディア: DVD

【一式陸攻戦記 第7話・MO作戦と東京発空襲】(佐藤暢彦)
 
【アラドAr196の検証 3】(国江隆夫)
主翼とか操縦系統とか。
 
【佐渡にDC-3がやってきた!】(YAMAMOTO Kengo)
 輸送されたDC-3の組み立てを手伝ったのはパイロットと整備士の資格を持ち、自身もDC-3を所有するマーク・ボゴーストという人物。職業はスカイダイビングパイロットらしいが、所有のDC-3は安全性やコストの面から現在は商売には使っていないとのこと。
組み立ては現地の若者数名を雇って行われたようだが、欠落部品や補強用の部材を作りながら苦労した模様。ネジもインチネジなので代替がきかず、エンジンなどから流用した。零式輸送機の開発時にもセンチ規格の変更が手間取ったとある。
 
【Thunder over Utah Airshow】
 ブルーエンジェルスが1ページ、3カット。あとは話題のオスプレイとF-22A、VFC-13のF-5F。
 
【SUN'n FUN international Fly-In & Expo】(布留川司)
 LA-4-200バッカニアという知らない機体、B-29"FiFi"、アクロチームのブラックダイヤモンドのL-39×3とMiG-17×2の編隊、Red Tails塗装のP-51Cなど。
 
【第二次大戦ミニ航空史話 第103回 飛行船の船団護衛時、潜水艦による損害は皆無?】
 タイトルの唯一の例外は1942年5月25日の飛行船K-4の哨戒時に油槽船ペルセポネがU-593の雷撃を受けた時だけらしい。第一次大戦では英、仏も軟式飛行船を哨戒に使ったが、第二次大戦で使ったのは連合国側では米海軍だけ。
ちなみにKクラスの発動機はP&W R-1340(550hp)を425hpに減格したものが標準でK-3からK-8はライトR-975が使われた。
 
【BOOKREVIEW】
異なる爆音―日本軍用機のさまざまな空 (光人社NF文庫)

異なる爆音―日本軍用機のさまざまな空 (光人社NF文庫)

  • 作者: 渡辺 洋二
  • 出版社/メーカー: 光人社
  • 発売日: 2012/04/30
  • メディア: 文庫
短編11編で構成。航空ファン連載の「個人としての航空戦史」の内容を加筆訂正したもの。
 
 
日本海軍艦上爆撃機 彗星 愛機とともに: 写真とイラストで追う装備部隊

日本海軍艦上爆撃機 彗星 愛機とともに: 写真とイラストで追う装備部隊

  • 作者: 吉野 泰貴
  • 出版社/メーカー: 大日本絵画
  • 発売日: 2012/04/18
  • メディア: 大型本
装備部隊、搭乗員、機体のアルバム、らしい。巻頭に西川幸伸氏のカラー側面図26点、佐藤邦彦氏のカラー細密詳細図6ページを収録。
 
 
ジェットパイロットが体験した超科学現象

ジェットパイロットが体験した超科学現象

  • 作者: 佐藤守
  • 出版社/メーカー: 青林堂
  • 発売日: 2012/04/14
  • メディア: 単行本
  著者は空自でF-86F、F-4EJ、F-1に乗った人。

航空ファン No.722 2013/2 [雑誌]

航空ファン 2013年 02月号 [雑誌]

航空ファン 2013年 02月号 [雑誌]

【零戦52型「61-120」、三度目の里帰りが実現 所沢の空に栄えエンジンの軽快音が響き渡った!】
「日本の航空技術100年展」のために日本側が招致したもの。当初は米国務省の持ち出し許可がなかなか下りなかったらしい。日本に到着したのは11月19日、所沢航空発祥記念館に持ち込まれたのは11月26日。11月27日に公開組立作業が行われ、作業が順調だったことからエンジンの始動も行われた。機体に触っていいのはPOFから来た3人とコーディネーターと日本側の一人だけ。操縦できるのもPOFで4人しかいない。
写真は小さなサイズのものが多いが、コンテナ内に収容された状態から組み立て中まであるのでなかなか見られない部分が写っていて興味深い。工具類はもちろん、機体表面を拭くため溶剤などもPOFから持ち込んだらしい。ガソリンは日本側が用意したもので「AVGAS 100 ISHINO-OIL」とドラム缶の上面に記載がある。
 
61-120の来歴もあり。1943年5月に中島飛行機小泉製作所で作られた52型5357号機。6月に第261海軍航空隊に配備され硫黄島に進出。44年3月にサイパンに移ったが6月に米側に捕獲され米本土に送られた。テストされた後、1957年にエド・マロニー氏に払い下げられ、しばらくは展示のみだったが1973年頃から修復作業が行われ1978年6月28日に初飛行を行う。その年の7月には日本で里帰り飛行を行い、さらに1995年にもう一度来日している。
 
今回の特別展示は3月31日まで。
 
【The COMET comes to life-蘇った彗星】
POFで残骸状態で保存されていた彗星11型(Y4D-1/7483)がレストアされた。アツタは当然手に入らないのでP&WのR-1830ツインワスプが装着された。よって、見かけは33型もしくは43型となってしまった。1ページのみ。
 
【U.S.NAVY WWII DIVE BOMBERS SDB Dauntless SB2C Helldiver】
 飛行中のSBDとSB2Cで6ページ。SBDは元々1942年にA-24Bバンシーとして陸軍に納入された機体。その後メキシコ空軍で63年まで使われた後、94年にローンスター・フライトミュージアム所属になった。フライアブルな状態にレストアされたのは1997年。アレスティングフックも追加されてSBD-3相当になっている。
SB2Cは45年に海軍に納入された機体。48年に民間に払い下げられ、現在はCAFに所属。現在フライアブルな状態で保存されている唯一の存在。
 
【CHARLIE's AVENGER】
 1945年にジェネラルモータース社の西部航空機部門で製造されたTBM-3Eアベンジャー。1953年にCOD(艦上輸送機)である-3Rに改造された後、今度は消防機に改造されて民間で使用される。その後2006年に再度-3Eに再改造された。現在はフランス海軍塗装。2ページだけだけど、ペラを回しながら主翼を展開中(折りたたみ中?)のカットもあり。COD仕様の時にはパイロットを含めて7人が乗り込めたそうだ。
 
【Airshow China 2012】(徳永克彦)
 9回目の開催。最初はJ-10を使ったバーイー(第81飛行表演隊)の様子。その他JH-7A、JH-8が1カットずつ。チェンドゥZ-10の起動の様子が数カット。結構カッコいいかも。海外からの技術援助を受けるため当初は民間のヘリと装っていた。だまされたのはP&Wカナダとハミルトン・サンドストランドで、エンジンと制御ソフトを提供したためにアメリカ司法省から7500万円の罰金が科された。
その他シャンシーKJ-200、シーアンH-6H、MiG-15bisなど。
 
中国初の空母「遼寧」で殲15の離着艦テスト始まる】
 Su-33に酷似したJ-15の離発着の様子。2カット1ページ。
 
【空母エンタープライズに替わりアラビア海で作戦中の空母アイゼンハワー】
ライノ中心の4ページ。
 
【NAS Pensacola Blue Angels Homecoming Air show】(関野義和)
 CONA塗装のT-6Aがカッコいい。2ページ。
 
【F-35 LIGHTNING II NEWS
 オランダ空軍向けF-35A1号機。
 
【Major Events at RAF Leuchars】
イギリス空軍4番目のタイフーン飛行隊としてNo.1(F)Sqnが再編された。タイフーン以外はフランスからのラファールB、ノルウェーからのCT-133バンパイアとF-16AM、世界で唯一フライアブルなミーティアT.7など。
 
【欧州見聞録】(洲崎秀憲)
 トップの夕日に向かって飛行中のAn-2TDはポーランド空軍の機体。後はブルガリア空軍Su-25UBK、ポーランド空軍のSu-22UM-3K、ブルガリア空軍のMiG-21bis。ちょっとくたびれた塗装がいい味を出している。
 
【Farewell, Big E 世界初の原子力空母エンタープライズ、退役】
 
【原子力空母エンタープライズの退役―BIG Eの51年】(松崎豊一)
艦船用の原子炉は1948年に潜水艦用として開発がはじまり、1953年5月1日に試運転に成功している。ノーチラスの建造開始はそれより前の1952年6月14日。水上艦用は1954年から始まり1956年に陸上実験炉A1Wが試運転に成功。最初の原子力空母CVAN-65が61年11月25日に就役。搭載しているのはA1Wの実用型A2Wを8基で、これで4基の蒸気タービンを駆動する。タービンの出力は1基あたり7万馬力で合計28万馬力となる。エンタープライズの1回目の燃料交換までの航行距離は20.7万nmで、20kt定速なら40万nmまで延ばせるらしい。
原子力空母の利点として自己用の燃料を搭載するスペースが不要になるので、その分航空燃料、弾薬、随伴艦用の燃料を搭載できることがある。キティホーク級と比較すると航空燃料は190万galから275万galに、弾薬は1800tから2500tへ増加している。 また動力機関用の吸排気が要らなくなるので巨大な煙突が廃止できる。逆に欠点は建造費・維持費が高くつくこと。建造費はキティホーク級の2.65億ドルに対し4.5億ドルだった。
 
【"エンタープライズ"という艦名】(石川潤一)
 Enterpriseという名前が意味するのは「冒険心」、「進取の精神」といったものらしい。この名前を初めて採用したのは独立戦争でイギリスから捕獲したスループ艦で、翌年には別の25t級のスクーナーのものになる。次は1799年に建造された新造艦135t級のスクーナー。4代目もスクーナーで1831年に就役した194t級。5代目は1877年就役の1375t級木製コルベット。6代目は1916年に米海軍が購入した16t級のヨット。
7代目がとうとう空母になり、1934年竣工のCV-6。同時期に英海軍にも同名の軽巡洋艦が存在した。8代目がCVN-65で、2025年就役予定のCVN-80が次の9代目の予定。
 
【エンタープライズ・ビヨンド "CVN-65以降"の米海軍空母と航空団】(石川潤一)
CVN-80では蒸気カタパルトに替わりEMALS(Electromagnetic Aircraft Launchint System:電磁式航空機射出システム)が採用される。
燃料の交換は50年不要らしいが、交換するときには艦体の一部を切り取って炉心を取り出す穴を開ける必要があるらしい。
 
【2011年リノ・エアレース事故最終報告】(神谷直彦)
ギャロッピングゴーストの水平尾翼のトリムタブは右側が固定されていて、左側のみトリム調整に使われていた。このタブの取り付けネジが老朽化により脱落し、フラッターが発生。事故発生時にはトリムが21°アップの状態になって機体は急上昇。この瞬間にかかった最大荷重は17.3Gにもなり、パイロットは1秒以内に能力を奪われた、とのこと。
直接的な原因はフラッターだが、キャノピーの小型化や胴体下エアスクープの撤去が招いた機体強度の低下もひとつの原因。その程度はパイロットが飛行中にたわみに気づくほどで400ktを超える速度でピッチ方向の安定性に問題が出ていた。
 
【「キ-54を引き揚げよう!」十和田湖に沈んだ一式双発高等練習機の引き揚げ作業とそれに関わった人びと(後編)】
 再び引き揚げが再開されたのは2012年8月下旬。なかなか湖底から離れなかったのはエンジンカウルの下面部分だったようだ。タイヤも泥に埋没してしていて引き揚げの抵抗になっていた。タイヤは300×900の低圧タイヤで昭和16年10月製造のブリジストン製。胴体は前部、中央、尾部の大きく3つに千切れた状態。主翼はほぼ原型を留めていて日の丸も確認できる。陸揚げ作業は9月5日に行われ、9月29日にキ-54の払い下げ契約書が取り交わされた。払い下げ価格は52,500円とのこと。
 
【空夢 第50回プレシャスメタル(後編)】(清水郁郎)
 プレシャスメタルのグリフォンは元々ハイドロプレーンボートの「Miss Budweiser」に使われていたもの。これにR-4360用のBendix-Stromberg PR-100キャブを接続。加給機はフェアリ・ファイアフライ Mk.IVのグリフォン74型用のもの。これで140inHgまで加給されるので燃料も145~160オクタンのものが必要。主翼は両端を切り取り、操縦席も18in後方に移動。
滑走中の方向安定は悪く100mphまで方向舵は効かないらしい。飛行中もピッチ方向は不安定で、エルロンは非常に重くロール率はステアマン程度と書かれている。ただし、二重反転プロペラのおかげで直進性は高いとのこと。
 
【軍用機のRDT&Eと戦力化 第2回:要素技術や生産技術の研究開発】(井上孝二)
 
【一式陸攻戦記 第14話 人間爆弾、夜偵、錬空特攻、そして沖縄への道程】(佐藤暢彦)
桜花を発案したのは太田正一飛行特務少尉。昭和3年志願の偵錬20期出身の偵察員。桜花を運ぶ一式陸攻は24丙型がベースにした丁型。爆弾扉を撤去し、桜花の懸吊装置を追加。胴体タンクと燃料コックに防弾を施し、操縦員の後ろに防弾鋼板を設置。2番タンクには四塩化炭素の液層を設けた。これにより重量増加、重心の変化、脚の強度などのチェックが行われた。
通常過荷重重量が15.5tのところ、桜花を搭載すると全備重量が16.5tを上回る。空技廠のテストでは巡航速度は170ktから129.5ktへ、実用上昇限度も8950mから7250mへ大幅に悪化した。
桜花は当初呂号薬ロケットを装備して自立推進を可能にすることを想定していたが、ロケットの実用性が無いので替わりに推力800kgの四式1号噴進器20型3本を取り付けることになった。この噴進器では若干の加速と航続距離の延伸ができるだけで、基本的にはグライダーと変わりなかった。
投下訓練用の練習機はK-1と呼ばれ、フラップと着陸用の橇がついていた。また実機と同じ重量では着陸が困難になるので、爆弾と噴進器の代わりにバラスト用の水タンクを搭載し、着陸前に放出することになっていた。しかし、最初の訓練でこのバラスト用の水を排出する手順を誤り、事故が発生。その結果それ以後は水を積まないまま訓練が行われた。よって一式陸攻側も実機と同じ重量での操縦訓練ができなくなった。
 
【メッサーシュミットBf110C~F型の検証4】(国江隆夫)
 
【エアフェスタ浜松2012】(赤塚聡)
 8機のT-4の編隊が美しい。その他F-15、F-2A、E-767Aとか。
 
芦屋基地航空際】
 11月24日開催。地元の赤白のT-4が中心で、第301飛行隊のF-4EJ改、第304飛行隊のF-15J、第6飛行隊のF-2Aなど。
 
【新田原エアフェスタ2012】(佐藤正孝)
 12月2日小雨の中開催。曇り空で写真も全体にグレーっぽい。アフターバーナーを引いて離陸する飛行教導隊のF-15DJ、第301飛行隊のF-4EJ改、救難対UH-60J。
 
【第2回航空フェア2012 in 岡南飛行場】
 11月11日開催。
 
【D-NET 災害救援航空機情報共有ネットワーク評価実験と緊急消防援助隊近畿ブロック合同訓練】
 
【BOOK REVIEW】
飛行機の誕生と空気力学の形成: 国家的研究開発の起源をもとめて

飛行機の誕生と空気力学の形成: 国家的研究開発の起源をもとめて

  • 作者: 橋本 毅彦
  • 出版社/メーカー: 東京大学出版会
  • 発売日: 2012/09/25
  • メディア: 単行本
英国の空気力学研究の流れを解説したもの、らしい。学術書なので一般向けではない。が、具体的な航空機についての評論も含まれているらしい。

航空ファン No.714 2012/6 [雑誌]

【SHADOWHAWKS厚木へ到着】
3月24日、EA-18Gが厚木に到着、CVW-5に配備された。7ページ。
 
【先進技術実証機鋲打ち式実施】
 先進技術実証機の実大構造試験供試体の組み立てが始まった。2ページ。
 
Blue Impluse 2012シーズンへの胎動】
 6ページ。
 
【F-2、松島に着陸】(黒澤英介)
松島に震災後はじめてF-2が飛来。やってきたのは三沢からのF-2B 2機。
 
【Schweizer Luftwaffe 雪山に舞うスイス空軍F/A-18C/D&F-5E】(中野耕志)
スイス空軍のTTE(Tiger-Teilersatz)プログラムはF-5E/FタイガーIIを新型機、グリペンに置き換えるもの。 評価試験では要求を満たしたのはラファールだったらしいが、グリペンの機体価格と運用コストが有利に働いて採用された。
 採用されたモデルはES-05 Raven AESAレーダとGE/Volvo RB12エンジン装備のJAS39E/F。
写真はスイス空軍各地の基地、Sion、Payerne、Meiringenを離発着するF/A-18C/DやF-5など。雪山をバックにしたシーンが絵になる。
 
【Mk.48】(徳永克彦)
HSS-2シーキングは1957年の米海軍の対潜ヘリコプター計画により開発されたもの。量産開始は1961年9月。
その後、大型の機体を生かして人員輸送型、捜索救難SAR型、早期警戒AEW型などが派生した。三菱重工もライセンス生産した民間型S-61はヨーロッパではウェストランドがWS-61シーキングとして製造、発達型の開発を担当。
その中のひとつがSAR型のHAR.3で、ドイツ海軍、インド空軍、ノルウェー空軍、ベルギー空軍向けのものがそれぞれMk.41、Mk.42、Mk.43、Mk.48と呼ばれる。
この特集はそのMk.48で、写真はたっぷり8ページ。
 
【欧州見聞録 "直撃カメラマン"洲崎秀憲の欧州飛行機撮影記】
英国ウェールズのマックループでの撮影。最初のやや薄暗い日差しの中をバンクしながら抜けていくF-15Eのカットがすばらしい。他にはBAEホークT.2、トーネードGR.4A。いずれも大迫力。
 
【先進技術実証機の開発と今後の展望】(加賀仁士)
将来のステルス機同士の空戦では互いの探知距離が近くなり、接近戦になる可能性が高くなる。そこでPost Stall Maneuverという高機動が求められてくる、らしい。PSMの効果は1993年のX-31とF/A-18Aの模擬戦で実証されている、らしい。
 先進技術実証機ではこのPSMのため、推力制御と飛行制御を統合するIntegrated Flight Propulsion Control(飛行推力統合)技術が使われる。このシステムは飛行制御コンピュータ、各動翼、パイロットコマンドセンサー、機体モーションセンサー、IRS、エアデータシステム(迎え角、横滑り角、飛行高度、飛行速度の検出)で構成される。
機体の規模は全長約14m、全幅約9mでFBLではなくFBWを採用。インテイク内部はスネークダクトでレーダーブロッカーも装着。キャノピーも導電性コーティングされる。搭載予定のエンジンXF5-1は推力約5トン、重量は640kgで3枚の推力変更のためのパドルがつく。
 
【次世代戦闘機に求められるシステム】(井上孝司)
 次世代戦闘機に求められるのはステルス性と機動性を両立させること。ステルス性向上のためにテイルレスにするのも手。機動性向上のために推力変更ノズルを採用する機体も増えそう。操縦系統ではFBLの採用が高まるはず。またYF-23が装備していた自己修復式操舵システムなども注目の技術。これについてはロックウェル・コリンズ社傘下のアテナ・テクノロジー社が同じような技術ASACを開発している。F/A-18の60%サブスケールモデルを使った実験では飛行途中に右主翼を脱落させて機体制御を維持することに成功している。
 ステルス技術の基本はレーダーはの反射エネルギーを弱めることと、発信源に反射波を返さないことからなる。ということは発信源ではなく、別の箇所で反射波が観測できる可能性がある。これを2機のペアで行うのがバイスタティック探知、それ以上の数で行うのがマルチスタティック探知と呼ばれる。
LPIレーダーはレーダーを使用しつつも逆探知の可能性を低減させるもの。「スペクトラム拡散通信技術を活用して、特定の狭い周波数範囲に集中して電波を出す替わりに、広い周波数に薄めて電波を出す」らしいがよくわからん。
 
【EA-18Gグラウラー 在日米海軍にも配備された新電子戦攻撃機の実力】(石川潤一)
グラウラーのF/A-18Fとの外見上の相違点は、まず主翼ドッグツース部分の形状の変更、次に高さ12.5cm、長さ150cmのウィングフェンス。ドッグツースは本来翼端失速を防ぐためのものだが、グラウラーでは翼端ポッド付近で振動が起きるようになってしまった。そこで、この効果を少なくして、その分の翼端失速対策としてフェンスが追加された。
アンテナも増設されていることも相違点のひとつ。翼端ポッドはALQ-218(V)2ののアンテナが入っているが、プロセッサや受信機はM61A2のあった場所に収容されている。
APG-79のT/Rモジュールから高出力マイクロ波を発進すると160km離れたミサイルシーカーを狂わすことが出来るらしい。
最も機密度が高いのは自身がジャミング中でも通信を確保するためのINCANS(干渉波除去システム)だそうで、オーストラリアがF/A-18Fをグラウラー仕様に改造する場合も供与されない模様。
グラウラーの重要な装備となるAGM-88 HARMは現在AGM-88Bブロック3とCのブロック4の2種類で、レーダーホーミングだけだが、GPS/INSを追加したD型を検討した後、ミリ波レーダーなどを搭載したAGM-88E を開発中。
機体価格はフライアウェイ・ユニットコストとしてみると、2011年度で7123万1583ドル、2012年度が6823万3250ドル、2013年は7265万3167ドル。ちなみにスーパーホーネットが2013年度FUCが6527万4808ドル。
 
【UH-X 新多用途ヘリコプター OH-1をベースに川崎重工開発開始】(小野正春)
 新型多用途ヘリUH-XはUH-1Jの後継となる機体。富士重工はUH-1Jの改良型を提案したが、最終的にはOH-1を改造母機とする川崎重工が受注することになった。エンジンは三菱重工が主契約で開発しているTS1-M-10(884shp)をベースとしたものになるらしい。ちなみにXTS2(1300shp)と呼ばれる試作エンジンはすでに納入されている。
 
【空夢 第42回 よみがえったAir Mail機(後編)】(清水郁郎)
 機体の修復に使えたオリジナル部品は脚のオレオの一部、胴体側面の乗降用ステップなど80点程度で、残りの大部分は800枚の図面からCNCマシンを使って作り直す。それでもレプリカではなく、レストアということになるらしい。
主翼のスパーはオリジナルは25ftのトウヒ材から作られていたが、同サイズのものは現在ではなかなか手に入らないので、重量は2割重いが7%強度が高いトガサワラを使うことに。
ホイールを製造するための金型は1万8000ドルもかかるので、購入者を募り、30個の注文を獲得することに成功。結果、1個1200ドルですんだ。初飛行は2008年の2月だった。
 
【第一次大戦獨墺陸軍戦利機の詳細(2)】(秋元實)
ジーメンス-シュッケルトD.IV フォッカーD.VIII、L.F.G.ローランドD.VIb、ユンカースC.L.I、ハルバーシュタットCLS.I、ハノーファーCL.V、アヴィアチックC.III、L.V.G.C.VI、ルンプラーC.XII
 
【一式陸攻戦記 第6話・米機動部隊との激突】(佐藤暢彦)
 
【アラドAr196の検証 2】(国江隆夫)
胴体とカウリング周り。
 
【スプーキーが日本にやって来る】(Kengo YAMAMOTO)
 米空軍のガンシップ研究は1963年に始まり、1964年にC-47にミニガン3基を装備したFC-47試作機を作成。1965年に4機が追加されたがミニガンが間に合わず10挺の7.62mmキャリパー30機関銃を使った。また戦闘機パイロットから「F」の称号が相応しくないと抗議があり、AC-47と改称することに。1966年からは本来のミニガン装備のスプーキーが製造され53機が使用された。スプーキーは銃弾24000発と照明弾45発を搭載する。AC-119とAC-130が投入され始めると、米空軍のAC-47は南ベトナム、カンボジア、ラオスに供されている。タイ空軍のAC-47はミニガンを12.7mm Cal.50機関銃3挺に変更。後に1挺を20mm機関砲や20mmガトリング砲に変更してるものもある。
 
ここで紹介されている機体は1986年までタイ空軍で使われていたもの。使えるパーツは外されていたがエンジンやプロペラなどは残っていた。これを解体し、撮影に使うために日本に運ぶことに。現地の作業員を雇っての試行錯誤の作業は相当に苦労したらしい。
 
【小松基地開庁50周年記念式典とF-15J記念塗装機】(出口春由紀)
 2ページだけ。エアインテイク横の梅の花、機種側面には白山の山なみと松の緑をストライプで表現。
 
【JAXA新実験用航空機「飛翔」初公開】
 ベースはセスナのサイテーション・ソブリン(C680)。米国でFTB化の改造のあと2012年8月に日本に到着。厚木の日本飛行機で国内での改造、マーキングを行い、2012年1月に改造後の初飛行、2月28日にJAXAの名古屋空港飛行研究拠点に回航された。母機の価格が18億円で改造費が5億円。ちなみにこれまでのFTBは1962年のビーチクラフトB65クイーンエア、1966年の富士FA-200、1988年のドルニエDo228-202、2000年の三菱MH2000A。
 
【第二次大戦ミニ航空史話 第102回 空冷エンジンでは高高度迎撃は不可能か?】(田村俊夫)
技術戦としての第二次大戦

技術戦としての第二次大戦

  • 作者: 兵頭 二十八
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2005/09/09
  • メディア: 単行本
上の本には空冷エンジンは高空では冷却が充分出来なくなり、壊れてしまうというような記述があるらしい。
 
日本の液冷エンジンは三菱重工がイスパノスイザのライセンス生産を行っていたが、1929年から開始した新製品開発では十数機種、50台あまりを試作するもものになるものは無かった。中島も1929年までのライセンス生産以後は自社開発していたが開戦のため断念。川崎はBMW-6のライセンス生産後改良後ハ9を開発したが、それ以後の発展は無かった。
 
中島飛行機エンジン史―若い技術者集団の活躍 増補新装版

中島飛行機エンジン史―若い技術者集団の活躍 増補新装版

  • 作者: 中川 良一
  • 出版社/メーカー: 酣燈社
  • 発売日: 1987
  • メディア: 単行本
日本陸軍機の計画物語 (1980年)

日本陸軍機の計画物語 (1980年)

  • 作者: 安藤 成雄
  • 出版社/メーカー: 航空ジャーナル社
  • 発売日: 1980/09
  • メディア: -

 

【BOOK REVIEW】

海軍戦闘機列伝―私たちは名機をこうして設計開発運用した!

海軍戦闘機列伝―私たちは名機をこうして設計開発運用した!

  • 作者: 横山 保
  • 出版社/メーカー: 光人社
  • 発売日: 2012/02
  • メディア: 単行本

  丸に掲載されたものの再録。タイトル通り海軍戦闘機の設計開発に携わった人やパイロットたちの回想など。

新兵器最前線シリーズ12 世界のステルス戦闘機 2012年 04月号 [雑誌]

新兵器最前線シリーズ12 世界のステルス戦闘機 2012年 04月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: ジャパン・ミリタリ・レビュー
  • 発売日: 2012/04/02
  • メディア: 雑誌

  F-117A、F-22、F-35、T-50、J-20などが紹介されているとのこと。空自の元1佐によるステルス技術の解説もあり。

現存欧州大戦機アーカイブ (エイムック 2345)

現存欧州大戦機アーカイブ (エイムック 2345)

  • 作者: 藤森 篤
  • 出版社/メーカー: エイ出版社
  • 発売日: 2012/02/28
  • メディア: 大型本

  ハリケーン、スピットファイア、Bf109、Fw190A、MS406、H-75ホーク、I-15、Yak-3など。


航空ファン No.721 2013/1 [雑誌]

【航空自衛隊F-4EJ運用40周年第302飛行隊&百里に登場した記念塗装機】(黒澤英介、田中克宗)
運用開始から40周年を記念したF-4EJの第302飛行隊の特別塗装機と、同じく運用開始か20周年を迎えたF-15の第305飛行隊の特別塗装機。
F-4EJは左右のエアインテークにスクープが描かれているが、左右でデザインが違う。左は鹿島神宮に祀られている布都御魂剣を西洋風にアレンジしたものを持ち、右は日本刀を持っている。F-15は背面に大きく日の丸を描きその中にさらに梅の花が入る。表紙に使われた写真がかっこいい。
 
【百里基地航空際】
10月21日開催。前の特集と同じF-4EJとF-15の特別塗装機。他はUH-60Jとか米軍VMFA-242のF/A-18Dなど。
 
那覇基地開庁40周年記念スペシャルマーキング機】(佐藤正孝)
 沖縄が本土復帰してから40年。沖縄基地の開庁からも40周年ということでF-15JとT-4に特別塗装が施された。
F-15はブルーとオレンジと黒が基調。垂直尾翼は大きくシーサーの顔。T-4は黄色、オレンジ、グリーン、ブルーのストライプが使われたもの。どちらも公募で一般から寄せられたデザイン。
 
【航空自衛隊那覇基地エアーフェスタ】(佐藤正孝)
10月21日開催。F-15J/DJ 4機とT-4 4機の編隊飛行のカットなど。
 
【The Last Real PHANTOM
ベトナム迷彩の2機のQF-4。やはりファントムにはシャークティースがよく似合う。ドローンとしてのQF-4については、日本陸自の03式中距離地対空誘導弾(SAM-4/中SAM)の開発にも関わっているとの事。
 
【VIPER ROYAL THAI AIR FORCE】(徳永克彦)
 タイ空軍のF-16A。F-16の運用から25年だそうで、第102飛行隊のリーダー機には記念の特別塗装がされている。タイのF-16当初J79エンジン搭載機しか供されなかったが、その後F100装備機の導入も許可された。
 
【AXALP 2012】(中野耕志)
 スイスアルプスのアクサルプ・エーベンフルー演習場で開催されたフリゲールシーセン・アクサルプ2012の模様。10月11日から2日間開催。写っているのはF/A-18CやF-5E、AS532ULクーガー、ピラタスPC-21とパトルイユ・スイス、JAS-39E/Fなど。スイスアルプスの景色が背景だと一層絵になる。

【世界屈指の航空掃海部隊海上自衛隊第111航空隊】
第111航空隊は岩国がベースで隊員は約200名。1974年に下総でV-107A 7機で始まったが、89年には岩国に移り、機材もMH-53Eに。2008年にはMCH-101の配備が始まっている。MC-101の母体はウェストランドのEH101マーリン。MH-53Eに比べると全長も最大離陸重量も約半分らしい。海上自衛隊提供の青い海をバックにした白いMCH-101の写真が美しい。
 
【Osan AB Air Power Day】(橋本隆)
A-10C、F-16C、F-15K、U-2S、ブラックイーグルスなど。
 
【欧州見聞録】(洲崎秀憲)
 スーパーコニーがメインで4カット、DC-3が小さく1カット。
 
【ガンファイターファントム、F-4Eファミリーと航空自衛隊F-4EJの40年】(石川潤一)
航空自衛隊におけるF-4の歴史から。1968年9月F-104Jの後継としてF-4Eが選定されたことが発表される。1971年1月14日に1号機(17-8301)がセントルイスの工場で初飛行。防衛庁が同年7月16日に2号機とともに受領。ノックダウン1号機は71年2月に受領を開始して、72年5月に初飛行。1972年8月1日、百里基地第7航空団に臨時F-4飛行隊を編成。73年10月には制式に第301飛行隊として正式に発足。
そもそものF-4の生い立ち。F3Hデモンを拡張した攻撃機としたAH-1として計画され、実用段階でF4H-1と変更されてファントムIIとなる。初代ファントムはFH-1。F4H-1(F-4A)はF4H-1F(F-4B)となり、空軍にはF-110(F-4C)として採用され、レーダーを換装したF-4Dとなる。
海軍は大型アンテナを収容するため太いレドームのままだったが、空軍はAIM-7Fの運用をあきらめ小型アンテナのAPQ-120を採用、空いたスペースにM61A1を収容した。
ベースになったのは元から機首が細いRF-4Cでこれを改造してYF-4Eが1965年8月に作られた。
マクダネル・ダグラスを吸収したボーイングがJ79をターボファンのPW1120に換装するエンハンスドファントムを計画したとあるが詳細はなし。
F-4EJ改が搭載するのはF-16A/BのAPG-66の発展型APG-66J。イスラエルのクルナス2020はイスラエルのエルタが開発したEL/M-2032 Xバンド・マルチモード・パルスドップラーレーダーを装備。ドイツのF-4F ICEはAPG-65GYを、ギリシャ向けF-4E(AUP)はホーネットやAV-8B+用のAPG-65の発展型APG-65Yを採用している。トルコのF-4E-2020はIAIラビ用に開発されたエルタEL/M-2032。
 
【航空自衛隊F-4の現状と先行き】(小野正)
F-4EJからF-4EJ改への変更点。AIM-7F、AIM-9L、AAM-3、ASM-1の対応。対地支援戦闘時の命中精度、空対空射撃精度の向上、FCSのECCM能力向上と自己防衛ECM機能付加による電子線能力向上、 IFF質問波発進装置AN/APX-76A搭載、慣性航法装置をそれまでのアナログ式からデジタル式J/ASN-4に換装。
 
【栄エンジン付き零戦、日本へ向け出発】
 1ページだけだけど、輸送のために分解した零戦52型の写真あり。
 
【「キ-54を引き揚げよう!」十和田湖に沈んだ一式双発高等練習機の引き揚げ作業とそれに関わった人々(前編)】
 (大柳繁造)
昭和18年9月27日能代飛行場から八戸に向かった立川キ-54がエンジントラブルに因り十和田湖に不時着水した。 搭乗者4人のうち助かったのは一人。
墜落場所のはっきりした場所は記録には残されていなかったが、当時救助に携わった方の助言もあって水中カメラで存在が確認された。このときは全体として破損箇所は少なかったようだが、2011年3月に引き揚げを試みたとき、ベルトをかけた箇所で切断されてしまい、作業も中断した。
引き揚げの経緯から実際の作業中の様子まで詳しい記述あり。
 
【空夢 第49回プレシャスメタル(中編)】(清水郁郎)
ジェットクラスはアフターバーナーと15度以上の後退角は認められず、酸素ボンベ、ヘルメットと耐熱服装備が義務付けられている。また製造メーカーが規定した耐G値を越えてはならないが、エンジンレッドラインの3%超までは認められる。
#3 Pole dancerはWSK SO-3エンジンを装備するTS-11イスクラ。オリジナルから兵器関連艤装、射出座席など1500ポンド以上の軽量化を行い、2~3%余計にエンジンを回すことでL-39を破った。
 
【軍用機のRDT&Eと戦力化 第1回全体の大まかな流れ】(井上孝司)
軍用機の構想開始から、実戦配備、運用にいたるまでの大まかな解説。
機体としての仕様の数字がが似ていてもコンセプト、運用目的が異なれば細かな部分は異なってくる。例えばXC-2とA400Mは機体サイズ(37.6tと37t)とレイアウト(高翼、多発、低床) という部分はよく似ているが、前者は戦略輸送機的としての性格が強く、対してA400Mは戦術輸送機的な運用が念頭にあるため、XC-2のほうが航続性、高速性に優れることになる。
 
【一式陸攻戦記 第13話敵機動部隊撃滅の見果てぬ夢 T部隊始末】(佐藤暢彦)
 
【メッサーシュミットBf110C~F型の検証 3】(国江隆夫)
 コクピットまわり。
 
【第40回木更津航空際】
 10月13日開催。第4対戦車ヘリコプター隊創設20周年記念の塗装をしたAH-1Sはマスコットキャラクター「木更津茜2尉」が描かれている痛ヘリ。その他UH-60JA、CH47JAなど1ページ。
 
【航空自衛隊小牧基地航空際】(石原肇)
 10月13日開催。第404飛行隊のKC-767や救難教育隊UH-60J、U-125A、第401飛行隊のC-130Hなど。2ページ
 
【築城基地航空際】
 10月28日開催。第304飛行隊のF-15、第6飛行隊のF-2、第301飛行隊のF-4EJ改など2ページ。
 
【岐阜基地航空際2012】(赤塚聡)
 10月28日開催。F-2試作3号機がかっこよい。そのたF-15J、KC-767、T-7とF-2、C-1初号機、XC-2試作2号機など。2ページ。
 
【入間基地航空際】
 11月3日開催。6機のC-1の編隊飛行。CH-47JAの重量物吊り下げデモの様子。YS-11FCとU-125、T-4など。
 
【JA2012国際航空宇宙展 セントレア会場リポート】
2ページでの紹介。カットが小さくて物足りない。もうチョイページを割り当ててくれても。
 
BOOK REVIEW】
現代航空論: 技術から産業・政策まで

現代航空論: 技術から産業・政策まで

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 東京大学出版会
  • 発売日: 2012/09/21
  • メディア: 単行本

陸軍 実験戦闘機隊 渡辺洋二 [書籍]

巻頭の写真は飛行中のキ51、駐機状態のキ45改、Bf109E-7を追随するキ60、一列に並べられたキ60とキ44、修理中のキ44増加試作機、捕獲されたDC-5、P-40E、バッファロー、JRF-5グースと並んだA-20ハボック、日の丸のついたFw190A-5、ロ3弾を下げた一式戦、テスト中に接触事故をおこしたB-17D、キ102甲、橇をつけた99軍偵、100式司偵4型等。
 
第一部 審査に邁進(昭和14年12月から19年10月)
【第一章 テスト機材:キ43-I、キ44、キ45改、キ60、交戦:キ61(対B-25B)】
部隊のルーツは大正13年(1924年)に設立された所沢陸軍飛行学校の研究部。航空が兵科として独立した大正14年5月に航空本部技術部として昇格。昭和10年に航空本部が改編されたとき、陸軍航空技術研究所、通称技研となる。さらにこの技研から実用テストと審査を行う組織として陸軍飛行実験部が独立する。これが昭和14年7月3日の制定、12月1日の施行。
ちょうどそのころ遠距離戦闘機が必要になったことから、隊でキ43を一式戦に仕立てるためのテストが始まることになる。このテストを担当したのが荒蒔義次大尉で、転属してきたのは昭和15年の暮れとある。大尉は第42期士官候補生出身で第37期操縦学生を昭和6年に終えている。操縦経験は甲式四型以降の大抵の陸軍機に加えて海軍の零戦、九九艦爆、強風、九七式大艇もあり。
荒蒔大尉の燃料消費テストでは1時間あたり63リットルの結果が出ている。
空戦性能のテストでは初日は明野の九七戦に太刀打ちできなかったが、2日目に沢田貢大尉が乗った九七戦に飛行実験部の岩橋大尉のキ43が縦の格闘戦に持ち込み勝利する。64戦隊の加藤建夫少佐は当初キ43に反対していたらしいが、理由は不明。
Bf109E-7と国産機の性能比較は昭和16年7月に行われた。ロージヒカイト大尉が乗った際には模擬戦にならなかったが、岩橋大尉がBf109に、荒蒔大尉がキ44が乗った場合では低位戦、高位戦でもキ44が優勢となった。ちなみにロージヒカイト大尉と一緒に来日していたヴィリー・シュテーア氏はロッテ・シュバルム編隊空戦方法を陸軍に紹介した人。
キ60とBf109の比較テストは9月から10月にかけて行われ、速度と上昇力はほぼ互角、空戦性能もほぼ互角と判断された。キ44との比較では速度がやや劣り、格闘戦能力も空戦フラップを使った場合は適わなかったが、横転を除く機動性は優れ、着陸特性も上だった、らしい。ただし総合的にはキ44が上。
 
B-25が来襲したとき、キ61で出撃したのは梅川准尉と荒蒔少佐。すぐに用意できた演習用撤甲騨を装備して先に出たのが梅川准尉で、霞ヶ浦上空でホームストロム少尉操縦の40-2282に一撃を加えることができた。
 
【第二章 テスト機材:キ84、キ96、Bf109E、Fw190A、P-40E、バッファロー、ハリケーン、、ホ103上向き砲、防弾タンク
Bf109Eは明野飛行学校でテストしたときのエピソードとして、着陸時に低速なったとき尾部が下がりにくく、水平姿勢で接地するとバウンドが激しくなって機体が傾き、翼端を地面にこすることが多かったとある。このBf109について、荒蒔少佐が急降下試験を行った。4000mから降下を行い、2000mをきったところで750km/hを記録。少佐の判断はキ44と比べて水平速度は互角、上昇力と旋回性、離着陸特性はキ44、急降下時の加速性と量産しやすさはBf109とのこと。量産のしやすさまで評価できたのか?
 
米英からの正式輸入機は昭和14年の10月に到着したDC-4Eが最後。戦闘機に限れば昭和13年のセバスキーPA-L。 これ以後は各地で鹵獲された機材が持ち込まれる。フィリピンでBとE型、ジャワ島、バリ島でE型が入手されたP-40に対する荒蒔少佐の評価。操縦席は広すぎるほどで「作りも性能も大まか。長所は下手なパイロットでも気軽に乗れるところ」。最大の欠点は降下時には左へ、上昇時には右へすべるためそのつどタブを調整しなければならないこと。荒蒔少佐の後任である坂井菴少佐は「P-40は癖が強い。Bf109と同じで、特に離着陸時に顕著だ。ただし、野外に放置しておいてもセルモーターですぐ発進できる」とコメント。
バッファローはF2Aではなく、オーストラリア空軍仕様のバッファローIとオランダ空軍のB339Dがシンガポール、マレー半島で入手された。荒蒔少佐は「低速時の舵がよく効き、沈みが適当にあって思い通りに素直に接地する」反面、「 操縦はやや鈍重で水平飛行時もかなり加速しないと沈み気味になってしまう」との感想。
同じくアレー半島とスマトラ島パレンバンで捕獲されたのはハリケーンIIB。飛ばしてみると急旋回時に失速に陥りやすく、格闘戦能力は高くない、上昇力もパッとしないが降下時の加速性は上々だそう。一式戦との比較では上昇力と旋回性能は間違いなく一式戦がうえだが、上空から斉射をかけて降下で離脱するならハリケーンに分があるとの印象。
 
キ84のテストにおいてはハ45とともにラチエの定速4翅プロペラの問題が多かった。調速器のスイッチ断・続の機構が不安定で、急機動や急加速時にプロペラピッチとエンジン回転数がかみ合わず過回転と過小回転を繰り返すハンチングが多発した。 ガバナーを製造する富士電機で回転軸に重錘振り子を付加して解決を見たのは19年になってから。
 
Fw190A-5の審査を神保少佐が始めたのは昭和19年。10月から副担任として搭乗した荒蒔少佐の感想は、離陸時の滑走は偏向癖がなく、上昇力も充分で、水平飛行時の加速も優秀、急旋回でも悪い癖は見られない。降下時の加速性はBf109には及ばないが良好、総合的な飛行性能は四式戦にも五式戦にも似ていてその中間あたり、というもの。
 
キ96を審査した林准尉は速度を殺し、旋回方向のエンジンを絞れば小回りが効き、キ84と互角の空戦も不可能ではないとの考え。ただし、このときは武装は装備されていないので、実際にはもう少し割り引く必要があるが、岩倉少佐も「単発機と変わらないほどの、素晴らしい飛行機」と評している。
 
熊谷航技中尉がキ84のテストを行った際、神保少佐から急降下は計器速度で750km/hまで絶対大丈夫とのアドバイスを受け、実際にその速度(真速度で800km/h)まで確認したとのこと。
 
技研で防弾タンク、防弾鋼板の参考になったのは米軍の捕獲機。ただB-17Dが使っていた耐ガソリン性のネオプレンが製造できず、タンクの外側に天然ゴムを張る外張り式を採用。この場合12.7mm弾に一応耐えられた。
 
【第三章 テスト機材:キ61-II、キ-61II改、キ94-I、キ102乙、メ101、タ弾、ロ三弾】
キ84のぺ32はラチエの電気式は宮川利雄少尉、勝又智博少尉によると、覚えてしまえばハミルトンの油圧式より整備も楽らしい。ただし、初期にはピッチ変更を伝える電気接点の接触圧力不足、電気接点への潤滑油の付着などのトラブルが多かった。
 
キ102乙を審査した島村三芳少尉によると、「上昇力に乏しく、速度も飛行特性も芳しくない」との判定。ホ401の射撃テストでは初速が遅いため弾体が見えるほどだった。カタログでも毎分80発なので、一回の地上攻撃で2発しか打てないがあたれば57mmの威力はすごかった。
 
59期操縦学生出身の鈴木金三郎准尉は昭和20年2月27日に北京から福生までの3200kmを百式司偵4型で飛び、平均700km/hの速度記録を達成したとある。ホントか?
 
荒蒔少佐はキ94-Iのモックアップ審査の頃に研三にも乗っている。陸軍ではただ一人。キ94-Iの審査時、エンジンや過給機の位置に無理があったことも挙げられたが、何より機外脱出が困難というのが中止になった第一要因としている。危険性の高い研三には乗っても、キ94-Iの搭乗はきっぱり断ったそうだ。
 
帯広で行われた17年から18年の雪橇試験は、一式戦、二式戦、九七重爆、九九双軽、百式司偵などが行われた。百式司偵は性能低下がひどかったために一度で中止された。次の18年12月から始まった試験では一式戦、二式戦、三式戦、キ84が対象となった。雪橇はジュラルミン製のモノコック構造で、設計は第一航空技術研究所と審査部飛行機部、製造はオレオは岡本工業、橇本体は宮田製作所だった。橇をつけると単発機で最大速度が8~10%低下する。
 
昭和19年2月に着任した疋田嘉雄少尉によると、ハ40はいくらか粗製化の傾向はあるものの、ちゃんと整備すればよく動いたらしい。実戦部隊での不評は整備力の不足が原因と推測され、川崎の岐阜工場で完成機を抜き打ちで選んでテストしてもとりたてて不具合は見られなかった。エンジン整備のスペシャリストでもある小島修一軍曹も「ハ40そのものは悪くなかった」との意見。また、ハ140についても疋田氏は「特にひどくはない。アブラ漏れなど熟練工不足の弊害は出たが、ちゃんと動きました。」 、小島氏は「とりたてて整備しにくいことはありません。大体は動かしていた」との回想。
 
タ弾は0.7kgの小型弾を30発つめたものと60発つめたものの2種類があった。陸海共通兵器らしいが、海軍の2式6番21号爆弾とは小爆弾の大きさや弾体の形状が異なる。効果的な投下条件を調べるためのデータ収集は満州で行われ、九九双軽を飛ばせてそれが地面に落とす影を目標に投下した。またこの白城子では他に普通の爆弾を空対空用にした曳火爆弾、小型爆弾を長いピアノ戦で曳航し敵機に引っ掛けるト三弾、小型爆弾に落下傘をつけ敵機に当てるト二弾、小型噴進式のロ三弾もテストされた。ロ三弾は8kgで破壊力は九九式8センチ高射砲弾と同じらしい。初速は200m/sで速くはないが、テストはうまくいった模様。しかし生産はされなかったらしい。ちなみに海軍は3式1番28号爆弾と18試6番27号爆弾というロケット弾を実戦で試用、前者の対水上目標タイプは相当作って配備されたとのこと。
 
見越し偏向射撃を自動で行う照準器も昭和19年秋頃にテストされたらしい。原理構造についての記載はないが、射撃が得意でない畑俊八航技中尉のテストで命中率60%、得意の来栖良航技中尉は80~90%だった。また島村三芳少尉もこの審査にあたっており、「自動照準眼鏡メ101」の名前があったと記憶している。
 
【第四章 テスト機材:キ四三-III、キ一〇二甲、ハ一一五、アルコール燃料、ホ二〇四上向き砲、タキ二号】
黒江少佐はキ102甲の審査を担当。甲は乙に比べてエンジンがハ112ルになったこともあり、高度10,000mでも一通りの機動ができる。装備は胴体下部のホ5 20mm×2、後席のホ103 12.7mmは同じだが、機首の武装が乙のホ401 57mmの発射速度が毎分60発で携行弾数も16発しかないのに対し、甲のホ204 37mmは発射速度は6~7倍で携行数も35発だった。一発あたりの威力も口径は小さいものの、初速は500m/sから710m/sに向上しているため遜色ない。
 
整備隊の四五班ではレーダー装備機の評価を始める。陸軍が最初に試作したタキ二号電波票定機は18年10月、二式複戦甲型に取り付けてテストしたが実用不能の判定となる。そこですぐに改良型タキ二号が開発され、二式複戦の機首にとりつけられたものが昭和19年8月ころに福生に持ち込まれる。この改良型タキ二号の有効距離は対双発機の場合で200m~3.2km、重量130kgだった。テストの結果は散々で、 使い物にならなかったようだ。
 
一式戦III型が福生に来たのは19年半ば過ぎ。速度は文句なしに向上したとの事だが、佐々木勇軍曹によるとそれ以上に「飛行機自体が軽く感じられた」、「上昇性能のほか、機動特性として、旋回の持続性に強い粘りをともなったように思う」との印象。 パワーがあがると操縦特性までもかわるものか。
また二型のハ115に対して最大回転数を100rpm増にする通達が出たが故障が続出。審査部でテストしなおしてやはり無理との結論になった。
 
昭和19年の暮れ、仙波少尉と市原少尉が複座の四式戦で訓練をしたとある。応急の改造機らしいが詳細はない。
 
アルコール代用燃料のテストも行った。ガソリンと混合して使える一号(無水)アルコールと低純度で混合できない二号アルコールの二種があった。アルコールを使用すると、気化性が悪くて始動が困難、アンチノック性が低い、混合気の調整がシビア、金属材料に対する腐食性が大きい、気化器のノズル径の拡大が必要などの欠点が多々ある。審査部で一式戦でテストした際のエピソードとして、燃費の悪さに驚いたとある。二式複戦はアルコール燃料で高度10,000mまで到達できた。またエンジンの全開高度が300mほど高まり、最大速度も15km/hほど増大したそうな。キ102ではアルコールを混ぜると、ガソリン分だけの飛行時間しか確保できず入れるだけ損とのデータがでた。また混合比の幅が少ないため、気筒の上下位置で燃料濃度に差が出る星型エンジンは不向きで、倒立Vのキ61向きとの意見も。
 
航空工廠で37mm ホ204を追加改造された百式司偵が福生に来たのは19年9月。ホ204はホ203に対して全長は1mも長い2.5m、初速も25%増しで弾丸重量も20%増えていた。発射速度も3倍。全席と後席の間に70度の仰角で取り付けられた。テストではそれなりに目標の吹流しにあたったらしいが、照準器がなかったためキチンとした評価はされていなかった模様。
 
《第二部》 
【第五章】 テスト機材:キ一〇〇、キ一〇八、四式重爆、キ一〇九、ハ一四〇、マルサ装置、アルコール燃料、雪橇
             交戦:三式戦二型、四式戦(対B-29)
昭和19年11月、林武臣准尉が酸素過給システムを装備した一式戦闘機を審査中、第20航空軍の第3写真偵察飛行隊のF-13Aと遭遇する。酸素過給を行うレバーは座席右下にあった。
11月24日から本格空襲が始まり、審査部も邀撃にあたる。組織立った対応はなく、各審査担当の機材に乗って「てんでに発進」といった感じらしい。
熊谷技術大尉は三式戦二型でB-29と速度競争をする。高度9000m爆弾投下後の機体相手に目測で10km/hほど優速だった。この後攻撃を仕掛けたが、主翼に当たった敵弾が跳弾となってラジエーターを破損、プロペラが止まったような記述があるが、海軍の香取基地へとたどり着く。香取基地では田宮勝海准尉と遭遇。准尉は四式戦で2機撃墜後、同じく被弾して同基地に下りた。
三式戦二型は高度7000mまでなら10分以内で到達できるが、10,000mとなると30分かかる。上昇力を稼ぐため落下タンクはつけないが、戦闘を含めて40~50分の存空が出来る。
B-29への攻撃ポイントとして機内与圧用のエンジンを狙ったとある。どう絞り込んだのか与圧用は右側内側エンジンと推測したらしい。実際には両側の内側エンジンだから半分正解。しかし、実際にはピンポイントで狙えるほど余裕はなかったので実行されなかった。
 
キ67の話も少し。アルコール燃料試験では50%混入なら実用に耐えるとの結果。雷装のテストは海軍の追浜基地、横須賀航空隊で行われた。500km/hを超えると九一式航空魚雷が海面で跳ねたり、逆に深く潜りすぎたりしたが、1度50分下向きに装着したところよい結果が得られた。結構微妙な角度。
キ67ベースでは、酒本少佐が昭和18年11月に発案したキ109がある。初飛行は翌年の8月30日。地上目標に対しては照準器で狙ったとおりに命中 したが、3回の実戦では戦果を上げられなかった。昭和20年2月には試作2号機にル三排気タービンを装着して高度10300mまで上昇できたらしい。
 
キ108の機密室は長さ1.725m、直径0.9mの繭型のジュラルミン製。「空気を送り込むポンプがなく、二枚羽のルーツ・ブロアーで与圧を行う仕組み。ブロアーの摺動面積が大きいので、ある程度の時間飛んでいると、潤滑油の濾過が不充分なため温度上昇につれて煙が発生し、フィルターを超えてキャビン内に入ってきてしまう」とのこと。これに乗ったのは少なくとも岩倉少佐、黒江少佐、島村三芳少尉の3人。
 
昭和20年1月に審査部に戻ってきた荒蒔少佐は秋水班のトップとなる。秋水班は審査部の特兵部特兵隊の1グループらしい。使用機材はたか七型(?)、ク1-II、ク8-IIなど。当初、陸軍なのでパイロットはキ200と呼んでいたらしいが、それもそのうち秋水と呼ばれるようになったとある。この班も対B-29の迎撃に上がるときは三式戦II型を使用し、効果を上げた。
 
三式戦の空冷エンジン化は昭和18年の8月飛行実験部長の今川一策大佐が航空本部などとの合同会議で主張したのが始まりとある。それより後の昭和19年の初めから川崎の明石・岐阜両工場へ出向いた名取智男隊は「ハ140の出力向上には無理がある。性能を維持できない」と判断した。今川実験部長は19年4月には川崎に空冷化の検討を依頼。昭和19年9月、荒蒔少佐のあとキ61の審査を継いだ坂井少佐、名取大尉、総務部長の於田秋光大佐が川崎側および航空本部とキ61-II改の採用、生産について会議を行い、キ61II型改の生産は100機程度にとどめて内地の部隊にだけに使わせることになり、10月にハ112-IIへの換装試作を指示する。試作1号機は20年1月下旬に水滴型風防の三式戦II型を改造して完成。初飛行は土井氏の言う2月1日と坂井氏の言う2月11日の2つの説がある。
 
 昭和17~18年、18年~19年の冬季テストで一式戦、二式戦(単?)、三式戦の橇の審査が行われた。ジュラルミン製は丈夫で作りやすいが、雪が付きやすいので木製へ転換することに。製造はプロペラも作っていた日本楽器とスキー板の製造経験のある美津濃。四式戦用は美津濃が製造し、合板の上に綿布を張り、セルロイドのコーティングがされたらしい。出来は良かったとのことだが、実際に四式戦に装着してのテストは行われなかった。
テストの総合的な結果、木製はジュラルミン製に対して重量が20%と増しとなる。好ましい縦横比は4.5~5.5、主脚の取り付け位置は全長の55%が好適。合板の厚さは上面4mm、底面6mm、底面にセルロイドを貼ると着雪がほとんどなくなる。離着陸時の風は5m/sくらいまでなら問題なし。飛行速度は40~60km/hも悪化し、安定性もやや損なわれる。
 
【第六章  交戦:一式戦III型、四式戦(対F4U)、三式戦II型(対F6F)、三式戦II型、四式戦(対B-29)
交戦記録が主。その中の一つ、黒江少佐はF4U12機対して1機で攻撃を仕掛けるが反撃を受け、全体で40発以上、胴体にも十数発を被弾。しかし、本人にはかすり傷もなく福生に無事帰還している。
黒江少佐はキ102甲でB-29の迎撃にも参加、高度10400mで37mmと20mmの斉射をかけたがエンジンンに被弾する。この日はそれまでだったが、別の日にもB-29を攻撃、被弾させて高度100mまで下がったのを確認。しかし太平洋上まで追跡したものの撃墜は未確認。 キ102は高度12000mまで上昇可能で、9000mでも機動が可能だった。
また同じキ102でも島村少尉は乙型の57mmをB-29に命中させている。その後三式戦が体当たりして墜落した。
 
佐々木曹長、黒江少佐は20年4月に四式戦で迎撃に上がり、黒江少佐は撃墜2機と不確実撃墜1機、佐々木曹長はそれぞれ1機と2機という戦果を上げている。
 
【第七章 テスト機材:キ九四-II、キ一〇六、キ一一五、秋水軽滑空機、特呂二号、タキ二号
                   交戦:一式双発高練(対P-51D)】
昭和20年2月、中国でP-51Cが捕獲される。内地への運搬は船を使うことが検討されて一部分解されたが、空輸に変更される。審査部から坂井雅夫少尉が出向いてこれらを組みなおし、同じく審査部の光本准尉が内地へ運んだ。途中の漢口で破壊目的に十数機のP-51が来襲したが捕獲機は無事だった。
 審査部に運ばれてからの審査主任は坂井菴少佐だったが、乗っている時間は黒江少佐のほうが長かったらしい。 写真も載っているがシャークマウスなど国籍マーク以外はそのままで、元のストロウブリッジ大尉の撃墜マークも残したまま使っていたようだ。四式戦との比較で、水平面の旋回性能はブースト圧プラス200ミリの巡航出力状態では五分五分。100オクタン燃料を入れブーストを400に上げればP-51Cが勝る。黒江少佐のコメントは「一口に言えば、調和のとれた素晴らしい戦闘機」「じつに恐るべきはこのムスタング」で、荒蒔少佐も「乗りやすく、速度、上昇力、格闘性のいずれもが優秀で、欠点を見出しにくい。機関銃や無線機を積まないテスト時のキ61試作機に似た感じ」との評価。キ61の試作機ってそんなにいいのか。燃料消費試験は100オクタンガソリンを使って行われ、硫黄島から本州までの1100kmを超えることを確認している。
P-51は黒江少佐が担当となって、各戦闘隊との模擬戦用に使われた。相手になったのは調布の244戦隊、柏の18戦隊及び70戦隊、下館の51、52戦隊、明野の教導飛行師団、伊丹の56戦隊、対象の246戦隊で、移動のたびに100オクタン燃料を列車で運んだそうな。その後明野に引き渡すことになったが、テスト中に発電機が燃えてそれ以後は飛
べなくなった。

 

 五式戦II型の審査はキ61と同じ坂井少佐、名取少佐の班が担当。エンジントラブルもなく、景気高度で12000mの飛行もできたようだ。

 
秋水の審査では機体もさることながら、運用方法も課題で、飛行服や食料、燃料車、航空医学、薬液貯蔵の土木工事なども検討対象だったようだ。無線誘導の可能性を検討するために荒蒔少佐は東北大の八木秀次博士まで尋ねている。ロケット・エンジンのテストを行っていた際のエピソードとして、燃焼が強すぎて陸軍の技術陣が苦労していたところ、研理化学研究所の加藤千世博士が乙液の水の添加量が少ないことをすぐに指摘し、安定した燃焼が実現できたとある。

 秋水試作二号機は陸軍用で、これはキ200の1号機としている。重滑空機を三菱から運んだのは荒蒔少佐。少佐の言葉として「秋水だけは怖かった」というのが紹介されている。ちなみに曳航用の適当な飛行機がなかったので、海軍から天山と操縦、偵察、整備の士官を借り、その後の訓練も担当したそうだ。

四式重爆を改造して75mm88式高射砲を搭載したキ109の操縦桿を握ったのは黒江少佐。実射テストの結果、姿勢が安定していれば命中精度は十分との判断。

キ94-IIは立川の疎開工場になっていた葛飾区金町の帝国製麻というところで試作が進められていた。8月10日に工場の庭で試運転が行われ、初飛行予定は18日に予定されていた。工場の外に出すために工場の門を壊す相談をしていたという話が面白い。

木製化された四式戦であるキ106は立川で作られたが、生産は王子製紙の札幌の工場でも行われた。8月初めまでにすくとも3機が完成、黒江少佐が完成式に出席し、アクロバット飛行を披露した。重量が400kg増えたことによる上昇力の低下が目立つ以外はこの時点では大きな問題はなかった。しかし、審査での強度試験で620km/hで降下し引き起こしを始めた時点で右翼下面の外板が吹き飛んでしまった。

キ115は「飛べるには飛べた」というくらい。松根油は五式戦で試したところ、離陸はできたものの上昇性能が悪くなり実用は無理とわかった。


航空ファン No.712 2012/4 [雑誌]

【NAVY & MARINES LIGHTNING II】
写真はロッキードマーチン提供。飛行中のF-35CのCF-2、CF-3。主脚とアレスティングフックの間隔が7.1ftしかないため、模擬着艦テストでワイヤにかけることが出来なかった。EMALS(電磁式航空機射出システム)での発艦テストの様子。他はBF-2、BF-4。
 
【米海軍航空100周年記念塗装の練習機 CONA Scheme Trainers over Northern Florida】
TAW-5のT-34Cターボメンターは1939年当時の海兵隊の標準塗装、主翼は黄色で斜めにグリーンのストライプが入る。
T-6テキサンIIはピラタスPC-9がベース。T-6BはT-6Aに対しグラスコクピットかされ6基のMFDやHUDを装備する。T-34Cの550shpに対し、T-6は1100shp、酸素供給システムも備えるため18000~2000ftで運用される。記念塗装は全面イエローでビッグバードと呼ばれている。
そのほかTH-57Cがいくつか。
 
【MIGHTY HERCULES】(徳永克彦)
C-130シリーズの生産機数は2400機を越え、採用国は69カ国、総飛行時間は億時間を上回る。開発は1951年にスタート、1954年に初飛行している。スカンクワークスは直接関わっていないとのこと。製造はB-29やB-47を生産していたジョージア州マリエッタの第6空軍工廠で行われている。
写真はベルギー空軍のC-130H。
 
【Alenia Aermacci M-346 Master】(徳永克彦)
アエルマッキは1913年創業。1982年に新技術練習機NTT計画をスタートさせる。当初はアフターバーナー付TFE-1088-11エンジン装備の5.5tクラスの機体を想定していたが、市場性を見極めるためドルニエと協同でAT-2000計画をはじめる。この計画でAT-X2、AT-X6、AT-X7とコンセプトが詰められていき、最終的にAT-X12という案が確定する。これを元にドルニエを吸収したDASAとダッソーの3社で具体化したのがアフターバーナー付ターボファン搭載単発のTS-21。
 しかし、東西冷戦の終結や新世代戦闘機の登場により計画の見直しが必要になり、3社は別々の路線に進むことになる。ダッソーは新世代練習機の計画自体を放棄、DASAはTS-21ベースのマコを開発するが、結局1997年に中止となる。一方アエルマッキは根本から計画の見直しを行い、最も活用される速度域がM0.5~0.8、荷重は4.5~7G、維持旋回率毎秒13から14.5°であることが想定されることから、この条件を重視し、逆に実際の訓練ではあまり利用されることのない超音速性能を省いた練習機を開発することになる。
新しい構想では双発で優れた迎え角性能を持ち、FBWで制御することが計画されたが、経費削減のため基本設計がよく似ていたYak UTSを開発していたヤコブレフと共同開発をすることになった。しかし、実際のYak UTSの飛行性能はM 339を下回るくらいだったため、大幅な改設計を求めたアエルマッキに対しヤコブレフはエンジン換装だけで乗り切ろうとしかなり意見の相違があったようだ。最終的にはアエルマッキの設計の優秀性が認められ、YAK/AEM-130はUTSから胴体短縮、主翼面積縮小を行った。それでもM 346とはあまり共通点がないとのこと。
 
写真自体も素晴らしいが、M-346のデザインがいい。特にプロトタイプの2機のレッドとブルーの色がけばけばしさも薄っぺらさもない、落ち着いた大人の色って感じ。 夕日をバックにシルエットだけでも絵になる。たっぷり8ページ。
 
【GLOSTER METEOR】
グロスター・エアクラフト・カンパニーのジョージ・カーターが1940年11月から開発開始したとき、ポピュラーネームはサンダーボルトだったが、P-47がすでにあったため、ミーティアに変更された。初飛行は1943年3月5日でその時にはデ・ハビランドのハルフォードH.1を装備していた。量産型F.1はRRウェランドW.2となっている。1944年6月1日にNo.616 Sqnに初配備、1946年にはミーティアF.IVが616mph(991km/h)の速度世界記録を樹立している。 生産機数は3875機。
夜間戦闘機バージョンは複座練習機型T.7の機首にAI要撃レーダーを装備、全長を1.5mストレッチしている(1947年1月のF.44/46に対するもの)。実際の製造は同じホーカーシドレーグループのアームストロング・ホイットワースが担当した。T.7改造のNF.11/G47プロトタイプは1949年10月、正式なNF.11プロトタイプは1950年5月31日初飛行。エンジンはF.8と同じダーヴェントMk.8、レーダーはAL10(US SCR-720)、コクピットは与圧式で307機が作られた。派生型としてエンジン推力をあげたNF.13(52年12月23日初飛行、40機生産)、エンジン換装、機種を43cm延長、レーダーをウエスチングハウスAN/APS-21に変えたNF.12(53年4月21日初飛行、100機生産)、AN-APQ-43レーダーに変えたNF.14がある。
写真は飛行中のNF.11、コクピット(前、後)など。
 
【MIG FURY FIGHTERS】
MIG FURY FIGHTERSは個人の航空機コレクションで、世界で唯一飛行可能なFJ-4を所有している。ほかにはT-28トロージャン、セイバーMk.6、エアロL-39、MiG-15bis、-17がある。MiGはポーランド製らしい。写真は2機のMiGとFURYでコクピットも1カットずつあり。
 
【ウクライナのオデッサ航空機修理プラントに潜入!オーバーホールを受けるイエメンのMiG-21をスクープ】
ウクライナのオデッサにOARPという修理工場がある。OARPはオデッサ航空機修理工場の意、そのまんまやね。写真は引き渡しを待つイエメン空軍のMiG-21bis、デモンストレーション用にOARPが所有するもとウクライナ空軍のMiG-23MLD、 ウクライナ空軍のL-39M1、オーバーホール中のエジプト空軍MiG-21UMなど。
 
【自衛隊航空2012】(小野正春)
F-35の導入に向けてシミュレータ購入費用が計上されているらしいが、その価格は205億円とか。調達予定は陸自のUH-60Aが1機、CH-46Jが2機、AH-64Dが1機、海自はSH-60Kが4機、MCH-101が1機、SH-60Jは2機、T-5が4機、空自はF-35Aが2機、F-15の近代化改修機が1機、F-2の空対空能力向上が12機、F-2のJDAM機能付加が20機、C-2が2機らしい。
 
【緊急検証!一触即発のイラン情勢】(石川潤一)
イランは陸海空軍が2つずつある。正規軍とイスラム革命防衛隊。
空軍戦力はMiG-29 35機、Su-25 13機、Su-24 30機、F-14A 44機、F-4D/E 65機、F-5サエゲ3機、 RF-4E 6機となっている。もっともいずれも実際に確認された数ではなく、推計。
 
【777の現状】(青木謙知)
 
【空夢 第40回よみがえったAir Mail機(前編)】
ボーイング40を復元する話。レストア前の残骸の写真があるが、わずかのフレームがあるだけ。
 
【一式陸攻戦記 第4話・マレー沖海戦外伝 鹿屋空下士官・兵たちの闘い】(佐藤暢彦)
乙種第6期飛行予科練習生出身の納富一一飛曹のプリンス・オブ・ウェールズを攻撃する回想部分が迫力あり。
 
【Fw200 コンドルの検証7】(国江隆夫)
垂直尾翼とか脚とか。
 
【コンビニエンスストアで買える自衛隊DVD 第2段発売決定!】
コンビニで買えるシリーズ第2弾
Amazonでは買えないらしい。
 
【第二次大戦ミニ航空史話 第100回女性を無償飛行させた男】(田村俊夫)
英空軍パイロットのネイル・コックスは1945年2月14日、エンジン整備後のスピットファイアの飛行試験を行っていた。草地をタキシングする際、機首を突っ込まないように重石代わりに整備員が水平尾翼に乗ることがあり、この試験のときも女性の整備員マーガレット・ホートンが乗っていた。しかし、コックスはそれを忘れ、彼女を降ろさないまま離陸してしまったそうな。
 
【BOOK REVIEW】
真珠湾攻撃隊 隊員列伝: 指揮官と参加搭乗員の航跡

真珠湾攻撃隊 隊員列伝: 指揮官と参加搭乗員の航跡

  • 作者: 吉良 敢
  • 出版社/メーカー: 大日本絵画
  • 発売日: 2011/12/06
  • メディア: 大型本
 
ビジュアル中心ということだから、写真とイラストがメインかな。
 
海軍予備学生零戦空戦記―ある十三期予備学生の太平洋戦争 (光人社NF文庫)

海軍予備学生零戦空戦記―ある十三期予備学生の太平洋戦争 (光人社NF文庫)

  • 作者: 土方 敏夫
  • 出版社/メーカー: 光人社
  • 発売日: 2011/12/29
  • メディア: 文庫
  著者は昭和19年3月大村航空隊元山分遣隊に着任、教官を務める。零戦五二型丙を元山空では六三型丙と呼んでいたらしい。
 
青春 天山雷撃隊―ヒゲのサムライ奮戦記 (光人社NF文庫)

青春 天山雷撃隊―ヒゲのサムライ奮戦記 (光人社NF文庫)

  • 作者: 肥田 真幸
  • 出版社/メーカー: 光人社
  • 発売日: 2011/12
  • メディア: 文庫
  著者は331空に昭和18年に配属された方。終戦後は米軍への引渡しのため第二鈴鹿基地から横須賀基地へ空輸をおこなった。

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